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タグ:湧水 ( 14 ) タグの人気記事

元吉田鯉沢緑地 その2

それでは鯉沢緑地の奥へ行きましょう。
少し進むと、鯉沢の泉 と書かれた湧水があります。

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湧水の出口が太いジャバラホースなので、
趣に欠けますが、
水神様を奉っているのがとても魅力的です。
このような存在を知らず訪問すると
ニヤリ( ̄▽ ̄)としてしまいます。



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その反対側の沢(谷地)は埋め立てられ、千波中学校があります。
その中学校の先は、明利酒類があります。
この地の清らかな水を使ったお酒を造っているのですね。

新しい公共施設、団地、学校は、
こういう谷地や湿地を埋め立てて土地をねん出してますね。
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奥に進んでいきましょう。
東側がコンクリートの擁壁に対し、西側は木の生えた崖地です。
健康器具ベンチがあったりですが、
有用に利用されている感じはしません。

整地された部分が終わるところで西側の崖上に上がる階段と、
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南側に上がる階段があります。


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鯉沢の谷地は、南側に登る階段の西側は荒れ地として、
その先の薬王院へと続きます。

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階段を上った先には住宅街が広がってます。

水戸市元吉田 2016年2月





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by ta-tanchi | 2018-05-24 08:30 | 公園 | Comments(3)

元吉田鯉沢緑地 その1

マルト元吉田店の道路向こうは、元吉田鯉沢緑地です。
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ここは千波八沢の一つとなる千波湖に流入する水の供給源であった鯉沢に当たります。

少だけ場所外れますが城南3丁目西交差点から真直ぐ南に進む道の筋の先が鯉沢です。
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マルトの前の道ができて、沢地を埋め立てて、マルトと白梅保育園が出来ました。
奥歯に何か引っかかる?・・・。

写真はありませんが、マルトの裏側は結構な高低差があります。

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鯉沢緑地の入り口あたりにできた道は谷を埋めてできているので、
落ち込み勾配となります。


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道路の築堤下のは崖下水が流れがありますが、築堤で阻まれております。
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なんだか前置きだけ長くて鯉沢の紹介になってないうちに次回に続きます。

水戸市元吉田 2016年2月




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by ta-tanchi | 2018-05-21 08:24 | 公園 | Comments(0)

御瀧山井戸権現 その2

前回、御瀧山井戸権現を紹介しました。

その権現様の下を行ってみます。
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権現様の御手洗がありますので行ってみます。
汚すような罰当たりがいたら困りますね。

進むと左側から石碑、祠、そして観音様があります。
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観音様の下からは水が湧き出ております。よく見ると、観音様の台座は龍です。
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これが神泉(御手洗)、水がこんこんと湧き出てきております。
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湧き出ているところを撮影しました。

飲んでみると、口当たりの優しい味わいでした。

この湧水(滝)よりも低いところに橋を作っって
そのため滝下橋という名前ができたのでしょう。

これがきっと滝下橋の由来なのでしょう。

普通、滝というと落差があるところの流れをイメージしますが、
小沢の滝もこんな感じですね。

こんな感じのところも水戸は滝って呼ぶのかな?
以前は水量がもっと豊富だったのかな?


水戸市見川 2017年2月






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by ta-tanchi | 2017-10-08 07:48 | 街秘境 | Comments(0)

御瀧山井戸権現 その1

滝下橋の由来を求めておりましたら
このような神社を見つけました。
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個人で管理されている神社で、その神社下から湧水があります。
これが滝ですね。
その滝の下に当たる場所の橋なので、
前に紹介した滝下橋は名付けられたのでしょう。

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とてもきれいに整備されており、手すりもつけられております。

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井戸大権現

振り返ると結構な階段です。
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いろいろと祭られているものがあり、
こちらも清掃が行き届いておりました。
とても清々しい気持ちになりました。

次回は湧水へ続く

水戸市 2017年2月



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by ta-tanchi | 2017-10-05 07:28 | 寺社 | Comments(0)

笠原簡易水道

笠原簡易水道。
笠原水道とは全く別のものです。
簡易が付いているからではなく、場所も全く違う場所に存在しておりました。

笠原簡易水道はどこにあるかといいますと、
茨城大学裏にある笠原神社下で、この段丘面からの湧水を利用した水道です。
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湧水の一部は神池として水が出ております。
明治のころから生活用水として利用されていたようです。
飲んでみましたがおなかを壊すことはありませんでした。

笠原簡易水道としての歴史は浅く農村復興特別助成事業として昭和36年9月に竣工しました。
竣工時は民家37戸と公民館に配水、水田の用水としても利用されました。

施設は、貯水槽、濾過槽、滅菌装置を設置しました。
今でも施設跡が残っております。
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上の写真はこの簡易水道跡の写真の中央のものを近づいて撮影したものです。


昭和55年7月に、水戸市上水道に吸収合併されて役目は終わったようです。

そして簡易水道が出来た記念碑が残っております。
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水戸市文京 2017年2月


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by ta-tanchi | 2017-09-12 07:05 | 街秘境 | Comments(0)

笠原水道が出来たら・・・

笠原水道は1663年に完成しました。

完成しましたよ!めでたしめでたし、という話で普通は終わりです。

いつまで使われていたかという話、あまり知られておりません。
ちなみに笠原水道は昭和7年、水戸市の近代水道の完成によって使命を終えました。

笠原水道というインフラ設備が出来ればそれを維持管理していかなくてはなりません。
それはいつの時代でも一緒です。

水道の経費は受益者負担で、臨時の大修理は別途徴収となりますが、保管金を貸し付けて利を収め、水道の管理にあたる町役人は、町年寄、下町名主、町人から専任の水番を置いて水道の保全にあたりました。

現存する資料では完成して20年後1683年(天和3年)にはじめて修理の記録があり、そこから毎年のように費用と労力と必要としたようです。

1802~3年、享和の大修理が行われました。
完成から100年以上経っているわけです。それまでの手入れが必ずしも良くできていたわけではなく、水道管に樹木の根がはいりこんで破損や漏水、そこから泥水の流入で水質悪化、水路をふさぐなどで、断水があったりしたようです。
そのため、仕様替を含み、幹線で1707間、支線を含め9000間の水道修理を藤柄町の佐兵衛を中心に行いました。
佐兵衛は、渡りの水道職人(水戸藩には技術者がいない)は威張って仕事しない、農村からの人夫は町が珍しくて徘徊してしまい仕事しないのが、過去の工事でわかっていたので、子々孫々に残る大事業であるので身元確かで実貞な者を集めて行ったとのことです。
取換岩1707枚、根太工1708肩、杭17080本、置土17080肩という試算だったようです。
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笠原水道の維持管理は補修との戦いであったようです。

明治の話はまたの機会に。





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by ta-tanchi | 2017-02-06 08:52 | 川・水路 | Comments(0)

水戸神社

笠原不動尊のさらに上に上がります。
かなり寂しい感じの場所です。
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またままた案内に向かってエアガンで撃たれた跡が
ひどいです。


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記念植樹の奥に、水戸神社。
水戸七社のうちの1つがこれです。

選ばれた神社にすべてが宮司がいて
境内も広く立派な神殿がある必要はないのかもしれませんが、
うら寂しい感じが強すぎます。

記念植樹する前は大きな社があったのでしょうか?
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いつ記念植樹したのでしょうか?
どこにあるのかわかりません・・・。


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水戸神社の参道横にある
神社名の書かれた石が並んでいます。
ここに書かれている神社が水戸七社なのでしょうか?


水戸市笠原町 2014年7月


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by ta-tanchi | 2015-08-31 17:43 | 寺社 | Comments(0)

笠原不動尊(笠原水道)



笠原水道の裏には年季の入った石階段があります。
あまり整備されていない事もあり、
石のすり減りもあり滑りやすいです。
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上がっていくと右手に笠原不動尊があります。
手入れされていないので
屋根は崩れ、床もぬけ、正面の壁や扉も無い状態です。
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警告文が水戸警察署っていうのが良くわかりません。
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教育委員会の案内板がありますが、
BB弾か何かによってボコボコしているところがあります。
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説明文によると、クリカラ不動が安置されていて、
創建は江戸以前であるか明らかではないが、
現在のものは昭和になって付近の住人によって不動堂が再建されたとのことです。


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ただ、その後の管理がなされず、
裏側の屋根の崩壊は時間の問題のようです。

水戸市笠原町 2014年7月

つづく



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by ta-tanchi | 2015-08-27 08:16 | 寺社 | Comments(0)

曝井(さらしい)

郷土かるたで出てくる曝井。
行ってみました。
が、かるたの絵とは大きく異なった印象です。
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「万葉曝井の森」として整備され東屋もあります。
万葉と名前が付くのは曝井が万葉集に歌が詠まれているからです。
「三栗の中(那賀)に向へる曝井の絶えず通はむ彼所に妻もが」
みつくりの なかにむかえる さらしいの
たえずかよわむ そこにつまもが
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竹藪と木々に覆われ日が当たらないけどジメジメした感じがしないのは
整備されているからだけではないように感じました。

実際万葉集が出たころの時とは違うでしょうけど、独特な雰囲気。
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湧水は静かに出ていました。
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曝井の石碑が3つありますが、古いものは下のものです。
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駐車場がないので、ここにくつろぎに行くには、まちぶらが適しております。

水戸市愛宕町 2014年5月訪問


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by ta-tanchi | 2014-10-07 20:36 | 公園 | Comments(0)

吐玉泉 3代目っぽいの

吐玉泉は偕楽園の清水がわき出ているところです。
現在の泉石は4代目の寒水石です。

3代目の吐玉泉を再現したという寒水石。
3代目がここにあるわけではないですよ。
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3代目はこんな形していたかはあまり覚えていませんが、
雰囲気が似ているのでしょう。きっと。

これは、偕楽園ではなく、
亀じるし本店の入口にあります。

昭和52年に3代目の吐玉泉に似た石が真弓山より偶然産出されたので、
亀じるしが引き取り、平成11年にこの地に設置したとのことです。
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裏側も
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亀じるしは、もともと南町角、ちょうど今南町自由広場になっているところにありました。
水戸の菓子屋の老舗です。
といっても、私が知っているのは、ユニーの1階にあったことだけしか覚えておりません。

残念ながら街中では、駅まで行かないと亀じるしのいろいろなものは買えません。



水戸市見川  2014年9月



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by ta-tanchi | 2014-09-23 19:43 | 公園 | Comments(0)