みとぶら

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延命地蔵尊

水戸駅から水戸一高、三高へ向かう水郡線沿いのゆるい坂道。
国道51号線をくぐる手前に、延命地蔵尊はあります。
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手づくり感と補修され良く管理されていて、
地元に根差している信仰の証だななんて最初の印象ですが・・・
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このお地蔵さん、
戦争での悲しい出来事、
この町内で水戸空襲で防空壕で亡くなった犠牲者8名と
町内出身の戦死者3人の霊を慰めるためここに建立されたんです。

説明書きを読むと、切ない気持ちになります。


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ここを通る一高生、三高生、この地蔵を通して何を思うのでしょうか?

水戸市三の丸   2014年8月



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# by ta-tanchi | 2014-09-18 20:37 | 石仏、道標 | Comments(0)

謎の石碑 その1→なんとなく解明しました

国道50号線
大工町から東原になるあたりで道幅が狭くなりますよね。
そこのところの駐車場にぽつんと石碑があります。
信号待ちの際に気になっていたので
水戸ぶらしつつ見に行ってきました。
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大将軍ではありません。


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全面漢文で、私は読む気になれません。
こういうの疎いので解釈は間違えているでしょうけど
これ作った人は「前島春吉が苦労して事業をして反映したことを子孫に伝えます」
ってことでしょう。
昭和2年10月に建てられたって刻印されています。
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裏側。

詳しいこと知っている方がおりましたら、
どういう謂れのものか教えていただけると幸いです。

水戸市東原 2014年7月(2014年9月17日投稿)

石碑の由来が解明しました。
「常磐村ストーリーズ」という冊子内に、
この地で馬市があったということが記載されております。

石碑については少々、
西茨城郡大原村から来た前島家が住み着いて拓いた土地で
牛馬の育成、畜産に力を注いだということことが書かれているようです。

もう一度石碑を見直すと安政の年号がかかれております。
馬市は前島家が取り仕切っていたのではないか?というコメントもあります。
軍馬育成の頃までは開かれていたのでしょうかね?
(2016年1月8日追記)





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# by ta-tanchi | 2014-09-17 23:08 | 記念碑、記念像系 | Comments(0)

電気神社

雷神さん。
本当の名前は別雷皇太神

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今回は雷神さんを紹介するわけではなく、

この境内の一角にあるちいさな社を。


その名を電気神社!
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神様は、別雷命(わけいかづちのみこと)
ん?雷神さんと同じです。
御神穂は、電気事業安全、電力安定供給
とのことだ。

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狛犬がいるところに電球!!

電気が使えることに感謝します。


関東大震災の翌年、帝都復興のイベント、電気博覧会が東京上野で行われました。
その際の守り神として分霊されたのが水戸の雷神さん。
その分霊は、博覧会後は東京市電気局の守護神として、青山車庫に鎮り、
有楽町駅前に電気教会が出来ると屋上に分霊を祀ったとのことです。(水府巷談)

雷神さん自体が電気の神様のようですが、この電気神社はどういう関係なんでしょうね?


水戸市元山町 2014年3月



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# by ta-tanchi | 2014-09-16 20:31 | 寺社 | Comments(0)

鋼巻尺比較基線場

旧県庁の三の丸広場の隅っこで見つけました。
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鋼巻尺比較基線場 
どういったものなのでしょう???
検索してもいまいち解りません。

石碑の割にはざっくりした石です。

日の目に当たらないものですね。

2007年4月 撮影
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2014年7月 撮影 知らなければわかりません。

中央の黒いポールのあたりの茂みの中にあります。

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 水戸市三の丸


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# by ta-tanchi | 2014-09-15 21:23 | 街秘境 | Comments(0)

ドラ○○ん

ドラえもん


じゃなく


ドラムかん

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水戸市千波町 2013年5月



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# by ta-tanchi | 2014-09-14 21:58 | 脱力系 | Comments(0)

水雷稲荷神社

この何気ない路地。

石碑の奥にタイトルの水雷稲荷神社があります。
正面のマンションの住人の何人がこの存在を知っているのでしょうか?
水雷の由来はなんでしょうか?
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石碑だって薄くて目立たない・・・。
その奥に続く小径も木々によってよく見えない・・・。
普通だったらこの先進のちょっと躊躇します。
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ブロック塀と民家の間を進みます。
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神社があります。
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残念ながら狐は震災で倒れてしまったままです。
拝殿?本殿?はベニヤ板で修復がなされておりますが、屋根は壊れています。
それでも敷地内は除草もしっかり行われていて管理されております。
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そしてもう一体は神社の縁の下に・・・
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手水もありますが、植物に囲われてしまっております。

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灯りが付きます。
街中でも人通りがないところで灯りがなければ防犯的に怖いですが、
夜も灯りがあるので、治安のためにも良いことです。

街秘境度高いです。
ただ、、昔からここにあったわけではないようです。

石碑の裏には、
「都市計画により昭和三十五年十月吉日この地に移転す」
と書かれています。
何処にあったのかな?

水戸市泉町 2014年7月


追記 
気になったので調べました。

創立や由来等は不詳とされておりますが、
元々、城東の蓮池町(県営蓮池アパート地内南西の角あたり)に
水雷神社、稲荷神社が私祠として、のち一般の参拝もでき、祭りには屋台なども出たとのことです。

明治の豪商富田彦市が泉町2丁目一帯を買収し、富田新地、富田公園を設けます。
富田新地は、のちに土地を譲りうけ青木才次郎の名から青木新地と呼ばれいました。

大正五年7月に蓮池町より勧誘して水雷稲荷神社を建立したということです。

2冊の本、「水戸巷談」「城東歴史散歩」という本を合わせた内容を記載しています。
引用先を色別にしてみました。
青木氏が土地を譲り受けたのは明治期とのことで、神社が移転したのは大正期。

石灯籠は手水石には明治28年奉納とあるようですし・・・
大正5年より建立はもっと早かったのでは?


芸者衆がお参りに来ていたとのこと、
戦前の祭りでは、義太夫や琵琶法師の舞台がかりの演芸が行われたりしたようです。

神社の敷地はほぼ変わりませんが、都市計画により、
南向きにあった参道が東側に変わり、細長く狭い参道になり現在に至っています。



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# by ta-tanchi | 2014-09-13 21:14 | 寺社 | Comments(2)

オメガの時計

ハ~イセンス、ハイライフ~、イシ~カ~ワ~
アーケードがあったころの商店街の放送でよく流れていた気がいします。
あ、今も細々と流れております。

時計、指輪でおなじみ、その名も
ハイセンスハイライフ石川(そのままですね)の
子どものころからあるOMEGAの時計。

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10時10分を示していますが、
飾りなだけ?
この時計って動くのかしら?

イシカワ宝石店は南町。
ハイセンスハイライフ石川は泉町。
ややこしや~。
泉町2丁目の北側って昔アーケードってありましたっけ?

覚えていないな~。

水戸市泉町 2014年8月


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# by ta-tanchi | 2014-09-12 21:12 | その他 | Comments(3)