みとぶら

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木葉下金山坑口(木葉下金山と梨狩り その3)

本日のメイン、木葉下金山の坑道を見に行きます。

土地所有者のお話を聞きます。
木葉下金山の坑道には子どものころは大人に入らないように言われた話や、
戦時中に軍の人間が坑道を偵察に来た話を聞きました。
また、家の敷地内に積んである石は坑道から採掘されたもの~
みたいな話もしていた気がします(うるおぼえ)。
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山の中に入っていきます。

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途中祠がありました。

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そして木葉下金山の坑道に到着。

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ツアーで坑道に入った人は少なかったです。


ピントが合っていないのが残念な写真です。
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安コンデジではこんな撮影になってしまいます。

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中に入ると奥まで狭い坑道が続いていましたが、奥まではいけませんでした。

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坑口を見たところです。
木葉下金山は、金山開発に熱心であった佐竹時代に開かれた金山で、
産出された金は豊臣政権下において重要な資金源でした。
佐竹寮から豊臣政権に納められた金産出量は、
上杉、伊達に次いで第三位だったといわれてました。
(木葉下の金山だけで産出していたわけではない)

徳川時代になってからは、 
笠原水道を整備した 永田茂衛門(ながたもえもん) が経営していたようです。
採掘は続きましたが竹時代に採掘した量にくらべるとだいぶ少なかったとされてます。
何時頃まで産出されていたかは不明です。
坑口は散在しており、30~40ともいわれているそうです。

土地所有者の話で戦時中に軍の人間が来たとのことですが、
金属が足りない戦時とはいえ採掘を目的とするよりは、
地中の軍事施設として利用できるかという目的だったのでは?

ま、狭すぎて使えなかった、そのため今に至るという、と個人的には考察しております。

つづく

水戸市木葉下 2016年9月







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# by ta-tanchi | 2018-10-01 08:21 | 街秘境 | Comments(0)

金生山厳嶋神社(木葉下金山と梨狩り その2)

木葉下の地名考察の次は、この地にある金生山厳嶋神社へ。

金生山と書いて「かねやま」と呼びます。
木葉下の中のさらに小地名です。
この辺り、
金の採掘ができる山があることからこの名前になったのでしょうけど、
木葉下同様の当て字ですよね。
金が生まれる山だから、金生山(かねやま)。
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鳥居の先は小島になっており、橋を渡って
集会所?や本殿があります。



祀っているのは市杵嶋姫命(市杵島姫命)です。
なので別名、金生山弁天宮 とも呼ばれているようです。

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この神社は、池の中にあるのですが、
金山でとれた金鉱石を砕いた後、
この池の水を利用して比重の重い金の選鉱をしたそうです。

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本殿は小さいです。

そしてそれらの裏に、湧水が出てます。
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奇麗な湧水の池。
とても神秘的なところです。
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金生山厳嶋神社をやや離れたところから見たところですが、
四方を山に囲まれた盆地(と言っていいのか)の中央に位置するのが不思議として自然です。

水戸市木葉下 2016年9月






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# by ta-tanchi | 2018-09-28 07:20 | 寺社 | Comments(0)

木葉下(あぼっけ)金山と梨狩りツアー その1

2年前になりますが、
水戸市の森林公園の主催の、
 「木葉下金山と梨狩りツアー」に参加しました。

森林公園の森の交流センターに集合、
ジオネットのインタープリターのガイドで木葉下金山の地を巡って、
梨狩りをして最後に交流センターに戻ってそばを食べるという企画でした。
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森の交流センターから森の中の踏み分け道を進み山を下ります。

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山を下りた平地についた辺りの畑の中の何かの石碑、
風化が激しいですね。

そして少し歩いた木葉下の地を見渡せるところで、
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木葉下の由来についての説明がありました。

崖の下は、ハケ、と呼ばれます。
3番目が正論ですね。
崖の下ってことは、森の下、
森の下ってことは、木葉の下、
ってことで「木葉下」という当て字。ということですね。

崖を意味する地名のPDF を見つけました。
武蔵野近辺では崖は、ハケ、ホキ、ホッキなど地名が多いようです。


余談として
発句と書いてボックやホックと読む旧地名は
大野や常澄などにありますが、どこだかわかりません。
きっと崖地のあたりなのでしょう。
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木々の下の低地と森という木葉下の地を見ながらの説明でした。
この場所から見ると、四方を山で囲まれた景色となります。
どことなく懐かしく見える景色ですが新鮮でした。


つづく

水戸市木葉下 2016年9月


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# by ta-tanchi | 2018-09-26 07:26 | イベント | Comments(0)

お食事処 あぼっけ

水戸の中心地では見られない、辺境の地に存在している物件を。

「お食事処 あぼっけ」
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一昔前は、自販機の隣の建屋に、食事系の自販機があったようですが、
撮影時は飲料自販機と、妖しいピンク系自販機でしたね。
ということで、名ばかりで食事はできません(笑)。

ストリートビュー見ていると、変化がありますね。

ストリートビューでは2014年2017年 でだいぶ変化があります。
写真撮影したのが2016年ですが、青い自販機は一時的に置いてあったようですが、
ここで飲料買う人は稀だったでしょうね。

ピンク系、古そうだけど今も稼働している可能性はあります。
一定の需要があるのでしょうか?

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この次から木葉下金山ネタを展開していく予定です。

水戸市木葉下 2016年9月




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# by ta-tanchi | 2018-09-24 09:06 | 街秘境 | Comments(0)

そばよし 水戸店 が閉店してた

9月の休みの日、子供たちのそば食べたい!の声で、笠原にある「そばよし水戸店」へ。

しかし、看板が外され、
32年間の営業、8月をもちまして閉店という張り紙がありました。

ん~、残念。

ということで以下は以前の写真となります。
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5月、6月頃はきれいなバラの花が特徴的でした。
ブログ的にはバラの季節に公開したかったネタでした。

バラ、それはもう見事でしたよ。その写真は下にあります。

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入り口には大きな布袋様がありましたが、
現在はバラも布袋様もなくなってます。

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カモ汁 は私の定番でした。

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そしてハゼ天。
うどんもおいしかったです。


店の外にあったバラ園。
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手入れもしっかりされていて本当にきれいでした。

好きな店がなくなるというのは寂しいです。


水戸市笠原町 2016年5月

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# by ta-tanchi | 2018-09-21 08:30 | グルメ | Comments(0)

払沢 その4

さてもう一つの沢筋も残っているので見ていきます。
その3の石仏の反対側右側の道を進んだところです。

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アパートと民家の間に、水路跡があります。
先に紹介した痕跡よりも、幅が広いです。

歩けそうな感じもするのですが、止めます。
近くの道で、上流部分に進みます。
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いかにも水路!と言った感じの趣があります。

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奥のアパートが3つ上の写真です。

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これより上流は痕跡がわかりません。
ここも払沢の終わりとします。
水戸市千波町 2016年8月

2016年8月






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# by ta-tanchi | 2018-09-20 08:03 | 川・水路 | Comments(4)

払沢 その3

払沢その2の最後の写真の公園は
下の写真の左側の見切れている路地をほんの少し入ったところです。
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さてこのなんてもない道路の写真ですが、
道路が曲がっているところまでは、前後の部分と比べ土地が低いです。
何が言いたいかというと、この当たりでは暗渠がないのですが、
ここが払沢の谷の上部でも水の流れがあった痕跡だということです。


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ひとつ前の写真の突き当りあたりから振り返ったところです。
少しカーブしている当たりが丁度落ち込み勾配の底となります。
お地蔵さん、道標ネタこちら

左側の民家にあたる建物とその隣の建物の間には、水路の痕跡があります。
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住宅の間を人が通れるくらいの幅があります。
2個上の写真のお地蔵さん側の路地といっても古くからある道の民家の裏に、水路跡が続きます。
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2個上の写真の側の水路跡

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道路を挟んでの水路の跡。
こちらは側溝になってます。

この先は側溝の上を進むわけにはいきませんので、バス通りを進みます。

空地だったところが、近年集合住宅になり、道がきれいになりました。
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造成の際に土が盛られ、、見切れている右側の木々のある部分と高低差がかなりできてます。

その木々の間には…
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まっすぐに伸びた側溝。

この集合住宅の駐車場の下にもぐった形になります。

集合住宅の向こう側を見に行きます。
バス通りから次の路地を入ると、
この水路となっている側溝に向かって落ち込み勾配となり、
水の流れていた地形がわかります。
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写真ではわかりにくいですかね。

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道路中央のグレーチングの右側が下の写真。

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まっすぐに伸びた側溝。そして先ほどの集合住宅にぶつかってます。

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そしてその裏側はには水路の痕跡はありませんでした。

ここを払沢の終点の一つとします。

つづく
水戸市千波町 2015年12月






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# by ta-tanchi | 2018-09-17 09:56 | 川・水路 | Comments(0)