みとぶら

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カテゴリ:街秘境( 59 )

気になる看板?

普段通ることのない道での出会い。
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ウルトラマンさん?に遭遇!!
偶然の出会いに運命を感じました。

水戸市鯉淵町 2016年9月


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by ta-tanchi | 2018-11-05 07:09 | 街秘境 | Comments(0)

不思議な常磐町

この画像は私のカーナビではなくお借りした画像です。
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見ていてあれっ?て思いませんか?
駐車場の数じゃないですよ。

タイトルにもあるように常磐町という地名が、梅香の下にあるのです。
常磐町って何処なのか?といえば、偕楽園のあるエリアですから、
この上の写真に出ている常磐町って書かれていてもピンときません。
ですから、間違えてませんか?というふうに思ってもおかしくはないのですが、
間違いではなく、地図の場所は常磐町なんです。

ググるとわかります。検索結果

ここは常磐町の飛地なんです。

他の一般的なエリアの常磐町は、
〇丁目という表記になるのに対し、
常磐町6234 で、丁目表記がない
不思議な一角なのです。

この土地に何があるかというと、
JR貨物の水戸駅など、があります。

一昔は「水戸アイススケート場」も貨物駅の隣にありましたが
常磐町だったのかしら?ググっても
簡単には水戸アイススケート場は出てきません。

ということで、
何故ここに常磐町が存在しているのかを考察します。

「水戸の町名」に少々書かれてました。
常磐町は、明治22年市制施行時に常磐村のうち字神崎が水戸市に編入され、
昭和8年、字神崎から常磐町と改称されました。
その際、市制施行時に常磐村から編入した、
市街地の南側崖下と千波湖沿いや西の谷の
神崎下、妙法崎、青川、五本松下、鈴坂、梅香下という字名地名も常磐町になりました。

これは、今の町名区分とは異なりますね。
そしてこのエリアだけ離れて常磐町名が残ったのは不思議に感じます。

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昭和27年の空中写真です。
まだ貨物駅はできていません。
この時は、千波湖の北側、常磐線の線路沿いは、田んぼでした。
今でこそ、線路の南側が千波町、北側は備前町などになってますが、
線路の北側の低い地面が常磐町だったのでしょう。
備前町のあたりは今はマンションの駐車場だったり、

貨物駅ができた当初はまだ旧町名が残っていたころで、
区画の整理もなかったでしょう。
本来ならば、梅香という地名の場所になりそうですが、
常磐町のまま残ってしまった。
というよりは、わざと残したと私は考えております。

ここに国有鉄道の貨物駅。
全国的にもう常磐町6234という住所が記載されて広まってしまっている。

貨物駅の町名の改定があったとしたらどうでしょう?

住所変更のお知らせをを日本中に伝達しなくてはならなく、
大変ですよね。
変更があれば貨物や荷物も届かなる恐れもあります。

ということで丁目がつかない旧住所のまま常磐町が残った
というこではないでしょうか。

実際の事はわかりませんよ。私の推測にすぎません。







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by ta-tanchi | 2018-10-17 08:38 | 街秘境 | Comments(0)

木葉下金山跡 石碑

「ほればかがやく あぼっけのきんざん」
掘れば輝く 木葉下の金山

水戸郷土かるたでも紹介されているやつです。
かるたの絵は、金が輝いている絵ですが、
ん~なわけはありませんね。
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前回紹介した木葉下金山の坑口は個人宅の敷地内にあるので、
機会がないと見学することはできませんが、

今回紹介するのは、森林公園からの帰り道にひっそりと存在している木葉下金山の坑道跡で、
こちらは簡単に見ることができます。
木葉下金山と梨狩りツアーにはこちらの見学は無かったので帰り道によりました。

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木葉下の金山は、金山開発に熱心であった佐竹時代に開かれた金山で、
産出された金は豊臣政権下において重要な資金源でした。
佐竹領から豊臣政権に納められた金産出量は、上杉、伊達に次いで第三位だったといわれてました。
(木葉下の金山だけで産出していたわけではない)

徳川時代にいたっても採掘は続きましたが何時頃まで産出されていたかは不明です。
坑口は散在しており、30~40ともいわれているそうです。

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坑道内から湧水が湧き出ています。

金山の坑口ってどのように選定したんでしょうね~、
この辺掘ったら金あるよ!って佐竹の時代にどのように分かったのか知りたいです。

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水戸市木葉下町 2016年9月





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by ta-tanchi | 2018-10-10 07:26 | 街秘境 | Comments(0)

木葉下金山坑口(木葉下金山と梨狩り その3)

本日のメイン、木葉下金山の坑道を見に行きます。

土地所有者のお話を聞きます。
木葉下金山の坑道には子どものころは大人に入らないように言われた話や、
戦時中に軍の人間が坑道を偵察に来た話を聞きました。
また、家の敷地内に積んである石は坑道から採掘されたもの~
みたいな話もしていた気がします(うるおぼえ)。
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山の中に入っていきます。

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途中祠がありました。

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そして木葉下金山の坑道に到着。

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ツアーで坑道に入った人は少なかったです。


ピントが合っていないのが残念な写真です。
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安コンデジではこんな撮影になってしまいます。

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中に入ると奥まで狭い坑道が続いていましたが、奥まではいけませんでした。

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坑口を見たところです。
木葉下金山は、金山開発に熱心であった佐竹時代に開かれた金山で、
産出された金は豊臣政権下において重要な資金源でした。
佐竹寮から豊臣政権に納められた金産出量は、
上杉、伊達に次いで第三位だったといわれてました。
(木葉下の金山だけで産出していたわけではない)

徳川時代になってからは、 
笠原水道を整備した 永田茂衛門(ながたもえもん) が経営していたようです。
採掘は続きましたが竹時代に採掘した量にくらべるとだいぶ少なかったとされてます。
何時頃まで産出されていたかは不明です。
坑口は散在しており、30~40ともいわれているそうです。

土地所有者の話で戦時中に軍の人間が来たとのことですが、
金属が足りない戦時とはいえ採掘を目的とするよりは、
地中の軍事施設として利用できるかという目的だったのでは?

ま、狭すぎて使えなかった、そのため今に至るという、と個人的には考察しております。

つづく

水戸市木葉下 2016年9月







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by ta-tanchi | 2018-10-01 08:21 | 街秘境 | Comments(0)

お食事処 あぼっけ

水戸の中心地では見られない、辺境の地に存在している物件を。

「お食事処 あぼっけ」
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一昔前は、自販機の隣の建屋に、食事系の自販機があったようですが、
撮影時は飲料自販機と、妖しいピンク系自販機でしたね。
ということで、名ばかりで食事はできません(笑)。

ストリートビュー見ていると、変化がありますね。

ストリートビューでは2014年2017年 でだいぶ変化があります。
写真撮影したのが2016年ですが、青い自販機は一時的に置いてあったようですが、
ここで飲料買う人は稀だったでしょうね。

ピンク系、古そうだけど今も稼働している可能性はあります。
一定の需要があるのでしょうか?

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この次から木葉下金山ネタを展開していく予定です。

水戸市木葉下 2016年9月




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by ta-tanchi | 2018-09-24 09:06 | 街秘境 | Comments(0)

十王堂というバス停

国道349号、市内から那珂川の万代橋を渡ったとことにあるバス停。
上り車線にあるので、
市街地から車で走っていくと反対車線にあるバス停です。
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十王堂と書かれております。
でも実際のバス停の名前は青柳町です。

十王堂というバス停で使われていたものを使いまわしているようで、
おそらく
その十王堂の文字の上に青柳町のシール?が
貼り付けられていたのでしょうが、
はがれてしまったのでしょう。

さて、十王堂って何処?

聞いたことがありません。

後日「みとぶら」していると
保和苑前のバス停(いつの間に保和苑前になったの?)、
ちょっと前までは末広町3丁目のバス停にある
運航系統図に
十王堂の文字を見つけました。

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茨大方向をひたすら進み、
石塚を過ぎ、
圷支所前(何の支所?)で曲がって行きつく先が
十王堂のようです。

ただしどこだかわかりません。水戸の話じゃないですね。

水戸市青柳町 末広町 2018年5月


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by ta-tanchi | 2018-08-23 08:27 | 街秘境 | Comments(1)

深作欣二記念コーナー 見和図書館

水戸市立見和図書館には、
深作欣二 記念コーナー があります。
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ということで行ってみました。

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フリースペースの一角にそれはあります。

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残念ながら展示物はこのくらいでした・・・。
観光スポットにはなりそうもありません。

ただし、
水戸市立中央図書館には
遺族から寄付された約4000点近い資料があるようです。
定期的に資料見れるイベントとかあるのかな?

水戸市見和 2015年12月



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by ta-tanchi | 2018-07-27 08:15 | 街秘境 | Comments(0)

上水道の道 その2、高区配水塔跡


進んでいきます。住宅が並ぶエリアを過ぎると、
田んぼの中の1本道です。
パッと見ても、
この道路の下に水戸市に送水していた上水道が通っていたとは思えませんね。

そして正面の木々は段丘崖、
その段丘の上に、高区配水塔がありましたが、
老朽化で現在は取り壊されてしまっております。

上記写真右側に写っている田んぼの中には、別雷皇大神宮があります。
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どんどんと田圃を進んでいきます。
正面は段丘崖にも上水の道が続くのです。


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正面から見れば木々の隙間に道らしきものが見えますが、
段丘崖下の道路を走っている限りは意識しない限りはわかりません。

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通っていいところなのか判断に迷いたくなるような、
あまり通りたくない道です。

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進んでいくと倒木の処理がしてありました。
ということで、管理がされている道路なんですね。

この下に、上水道管が眠っているなんて…

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土留めの階段もだいぶ土が流れ枯葉が貯まってブヨブヨしてました。
雨が降ったらまず通りたくありませんね。
結構険しい道です。上りはよいが、下りたくない道です。
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段丘崖を上って段丘面へ。

するとそこは空き地が広がってます。
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この空き地こそ、浄水場からポンプアップした水道水を貯めていた
高区配水塔があったところです。

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三の丸にある低区配水塔と比べると無骨で質実剛健な感じがあります。


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おそらくこの道路の下を上水道が通っていたと思われます。
そして旧県庁、現在の三の丸庁舎横の低区配水塔へ高低差を利用して
水圧で水を送っていたのでしょう。

2017年2月








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by ta-tanchi | 2018-06-29 08:20 | 街秘境 | Comments(0)

上水道の道 その1

芦山浄水場の正面入り口の道は、この下に水道管が埋まっている、水道の道です。
浄水場で作られた水道水が送水されていたのです。

以前、下水道という 姫子にある暗渠を紹介しましたが、
同じようなニュアンスでいけば、上水道とでも言っていいのでしょうか?
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おそらく、配管工事をしたためでしょうか?
建設当初のコンクリート舗装の一部が、
直線状にアスファルト舗装に代わっております。

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おおむね直線的に伸びている道の下にかつて浄水が通っていたのでした。


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進んでいきます。住宅が並ぶエリアを過ぎると、
田んぼの中の1本道です。
パッと見ても、
この道路の下に水戸市に送水していた上水道が通っていたとは思えませんね。
そして正面の木々は段丘崖、
その段丘の上に、高区配水塔がありましたが、
老朽化で現在は取り壊されてしまっております。

上記写真右側に写っている田んぼの中には、
ポツンと鳥居のある社があります。
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気になるのでちょっと横道にそれます。
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次はこの社についてです。

水戸市渡里町 2017年2月





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by ta-tanchi | 2018-06-23 07:42 | 街秘境 | Comments(0)

水戸市水道歴史資料室

楮川浄水場には、水戸市水道歴史資料室が併設されております。
普段見学するには平日のみ、かつ浄水管理事務所に申し込みをしてじゃないと見れないので
敷居がちょっと高い施設なのです。

6月1日からの水道週間内は、土日でも見ることができます。

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浄水場の管理事務所の2階にその資料室はあります。
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職員の解説付きで、わからないことは何でも答えていただけました。
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この資料室では、笠原水道に関しての資料が凄いのです。
笠原水道に使われていた、岩樋、木樋、また升などが展示
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そして、笠原水道の絵図も展示してます。
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そして、近代水道以前の井戸についての展示があり、
近代水道の展示があります。
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近代水道では、水戸市にある浄水場関連施設のパネル展示、
壊された高区配水塔の一部も保管されてます。
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水道管や水道メーター、蛇口などの展示もあります。
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出入り口には、
ご丁寧にまたおこしください、
と書かれておりました。

資料室では貴重な資料を見ることができるのですが、
水戸市の博物館で気軽に見れるところにも、
笠原水道に関する展示もあるといいなあと思った次第です。
(大串の埋蔵文化センターには少しあったかな?)
縦割り行政では仕方のないところでしょうが、
このほうがしっかり管理されていいのかもしれないな~とも思うのでした。

水戸市田野町 2017年6月








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by ta-tanchi | 2018-06-04 08:16 | 街秘境 | Comments(0)