みとぶら

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2018年 01月 29日 ( 1 )

大坂町 はとても長かった

前出で大坂を紹介しました。
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かつては、梅香からの直線道路南の崖の突当りから、
水戸二高裏の北の崖の大坂まで、
台地を南北に横断する道が大坂町と名付けられておりました。
江戸時代の半ば?に
大坂のある北ではなく、南端だけの町名となってました。
坂がある位置に町名が残らず、離れ離れっていうのも不思議な感じです。

この南北の通りは、上市から那珂川までの道で、
水運を利用していた時の重要な道でもありましたが、
水運が陸運に負けるようになって
道の往来も南北から東西へと変わってしまったのでした。

また、渡し船で青柳へそして、太田までの街道筋にあたります。


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大坂町の石碑は写真左の赤い看板付近にあります。


南端から勾配が続きます。手持ちのGPSではここから南町2丁目交差点まで5mと高低差があります。
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50号線を境に次の交差点までは緩い下り坂に。


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そしてまた大坂まで登り勾配となります。

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振り返ってみるとこんな感じです。
ちょうど車が通っているところが土地が低いのが分かりやすいかな?

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水戸二高の塀の高さも上り坂でブロックの数が減っていきます。

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大坂前の交差点から振り返ったところ。
この通りがさらに昔の大坂町となります。長いですね。
梅香の始まり部分から坂下までで1キロくらいあります。

また、
台地にも高低差があるのがよくわかりますね。

このユルイだらだら坂に、坂道名がついてもいいような気が・・・
勝手に旧大坂町坂とでも名付けておきます(笑)。

水戸市梅香 南町 大町 2018年1月





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by ta-tanchi | 2018-01-29 08:14 | 旧町名 | Comments(0)