みとぶら

mitobura.exblog.jp
ブログトップ

偕楽園南門から榎本坂へ続いていた道の遺構

偕楽園の南門から榎本坂方面に伸びる道が
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス1974/12/31撮影 には写っております。
写真左側の
常磐線横の公園拡張部分のところです。
b0330744_01165111.jpg
この道の遺構は、現在でもたどることが
なんとなく出来ます。

b0330744_21425713.jpg
偕楽園南門。
水戸城、千波湖から桜川を経て偕楽園に入る水上ルートの入り口の門で、
この辺りに船小屋や船着き場がありました。

なので、現在の公園口とはなっておりません。

この南門をスタートします。
偕楽園の表記の横の歩道が車道跡を利用した道です。
b0330744_21432306.jpg

b0330744_21433261.jpg
植栽も大きいので道路があったようには分かりにくいですが、
左側の池と右側の崖の湿地の間が道幅ですね。

吐玉泉手前に東屋があります。
b0330744_21434061.jpg
その横に茨城県の境界標があります。
b0330744_21434943.jpg
これが植わっているのは何カ所かありました。
これってかつては偕楽園と道路があった際の境界ですよね???

吐玉泉へ延びる道の先の芝生は道路の跡っぽい雰囲気が強いです。
b0330744_21435810.jpg
道幅分に芝が植わっている感じです。

芝生の先は水路が作られており、迂回しなければなりません。
b0330744_21442293.jpg
水路の周りの植栽の先には、
向学立志の像
晩鐘
b0330744_21443299.jpg
このライン上が道路跡でしょう。
b0330744_21444562.jpg
この先は道路っぽい感じは無くなってしまいます。

偕楽園の外に出たところの遺構?

電柱の左側のゴミ捨て場付近のやや広いスペースが交差点だったんでしょうね。
b0330744_21445065.jpg
水戸市常磐町 2015年5月





[PR]
by ta-tanchi | 2015-05-25 13:37 | 現存しないもの | Comments(0)