みとぶら

mitobura.exblog.jp
ブログトップ

タグ:道路 ( 30 ) タグの人気記事

大場村道路元票

大場村道路元票

大場村は昭和30年まで存在し、その後常澄村になりそして平成4年に水戸市になりました。
b0330744_08282379.jpg
道路元標(どうろげんぴょう)とは道路の起終点を示す標識です。
ですので、大場村時代は、ここを基準に街道や枝道の距離を測定したようですよ。

b0330744_08285333.jpg

今は草叢にぽつっと残っているのですが、
これは大場村役場があったところにあったようです。
その後農協の支所となりその後にも建物は転用されたようです。

b0330744_08290783.jpg

建物の入口の左側にあるのが道路元票です。

しばらく前に通ったら、この建物は存在せず、太陽光発電のパネルを設置しておりました。


水戸市大場 2011年8月

[PR]
by ta-tanchi | 2017-09-18 09:10 | 道路・鉄道 | Comments(0)

泉町広小路と柳 その3 柳の木が植樹されたのだが・・・

約一年前に 泉町広小路の柳の木が伐採された記事を書きました。

その後、市長と話す機会があって柳のことについてお話ししました。

後ほど市から返答がり、道路を管轄する国交省は
伐採した段階で代わりの柳の植樹が冬に決まっているとのことでした。

今年の2月の初旬かな?気が付くと柳の小木が植樹されておりました。
b0330744_08561615.jpg
春が来て夏が来て、葉が茂るのだろうと思ってみていたのですが、
ちょろちょろと葉が出て青々と茂ることもなく、
7月の段階で残念ながら殆ど葉っぱは枯れてしまってます。
b0330744_10192098.jpg
ん~残念です。
b0330744_10192132.jpg
青々と茂った柳が泉町に戻るのでしょうか?

水戸市泉町 2017年2月7月







[PR]
by ta-tanchi | 2017-08-23 07:09 | 旧町名 | Comments(0)

旧道入口

前回、地獄極楽ウォーキング最終回として、下馬橋を紹介しました。

その際に、下馬橋が架かる道が昔の湊街道、
今でいう県道174号小泉水戸線にあたりますと最後に記載しました。

そのまままっすぐ旧道をひたすら進むと、
下大野で旧道と那珂川沿いを進む新道は合流します。
b0330744_22580941.jpg
そこのバス停名は、旧道入口です。
実のところ私は、旧道だってことを知ったのはこのバス停のおかげです。

b0330744_22582435.jpg
三叉路になっている右側が旧道です。
旧道は、古い民家が並んでいるので街道の面影がありますよ。

水戸市下大野 2016年9月


[PR]
by ta-tanchi | 2017-08-17 06:52 | 道路・鉄道 | Comments(0)

備前町の中央の道路はなぜ広いのか?

備前町の中通りの道幅は周辺の生活道路に比べると太いのです。

水戸に古くから家がある方に聞いたのですが、
はり天王さまがリバティーヌのあたりにあり、
そこに向かう参道だったので備前町の他の道より道幅が広いとのことのようです。
この「天神社跡」が「天王町」という地名の由来になった、
牛頭天王を祀った神社があった場所です。

徳川斉昭によって、上河内の素鵞神社に遷されて現在に至っております。
神社がなくても名残で周囲の町内会、
上金町?、下金町?、鉄炮町、泉町が当番でお祭りを引き継いでおります。
ちなみに天王町はお祭りには参加していないようです。
そこが謎ですよね。
b0330744_00503729.jpg
2車線に歩道もしっかりとあります。

それに面する道路東側の写真ですが、
歩道と路上駐車の許されない一方通行の道です。
西側の道路は写真はありませんが、歩道がない一方通行です。
b0330744_00503762.jpg
写真はありませんが、リバティーヌといえばデザートの焼きリンゴですね。
しばらく行っていないな~。
b0330744_19300168.jpg

水戸市備前町 2015年10月

[PR]
by ta-tanchi | 2017-05-09 13:33 | 街秘境 | Comments(0)

第3常磐陸橋

第3常磐陸橋は、赤塚駅から水戸駅方面にある最初の跨線橋の名称です。

名前がなかなかわからなかったのですが、最近知ることが出来ました。
b0330744_07530506.jpg
写真は、赤塚駅東側の踏切から見た第3常磐陸橋です。
特急電車の上のところですよ。


踏切のすぐ近くの歩道橋で、
車も自転車も通ることができないわけで、正直どのくらい必要性があるのか?
という気もします。
どのくらいの利用者がいるのでしょうか?


この橋は、もう50年以上前に造られた橋です1964年に完成しました。

人伝の話となりますが、
それまでは、遮断機もなく車が1台通れるか位の小さな踏み切りがあったようです。
昭和30年から40年初め頃にかけては旧市内の人口増加により、
旧水戸市と旧見和村、旧赤塚村、旧河和田村、旧見川村がそれぞれ合併を行い、
新たに水戸市のベットタウン構想を目的に、今の水戸市見和に、御殿山団地や市営見和団地が、
また今の水戸市河和田に、市営河和田団地などがそれぞれ造成されました。

そんな時期に踏み切りで急行列車(SL?)と自動車の衝突事故があって、
当時としては珍しくテレビ報道もされた大きな事故があったそうです。
当時から同じような場所に線路を越境するためのガス管が通っていて(現在は使用されていません)、
衝突事故の影響を考慮し、そのガス管に隣接するように踏み切りから陸橋へとすぐに替わったそうです。

それでは見ていきましょう。
b0330744_07520885.jpg
南側の階段です。左側の銀色の配管がガスなのでしょうか?
b0330744_07520970.jpg
錆びるままペンキも塗られることもない欄干と
年季の入ったコンクリートのコントラストで、うら寂しさを増幅させております。
b0330744_07520909.jpg
跨線橋の上はこんな感じで舗装されております。

b0330744_07530497.jpg
赤塚方面、電車がすれ違っているあたりが水戸街道踏切です。

b0330744_07530456.jpg
水戸方面、緩やかな下り勾配になっております。
b0330744_07530481.jpg
渡り切って北側の階段になります。


ちょうどこの北側のこ線橋に続く道をまっすぐ行くと、飯綱神社に突き当たります。
ということは、この道路は神社の参道ですね。
そうなると常磐線ができる前からある道路だったと考察します。


b0330744_07530525.jpg

またまた南側に戻ると、空き地の一角に、大正時代のものですが庚申塔があります。

水戸市姫子、東赤塚 2016年10月


[PR]
by ta-tanchi | 2017-04-01 22:45 | 道路・鉄道 | Comments(0)

水戸城跡発掘調査中 その後

今朝の二中前の道路です。
発掘調査後の工事まだしてました。
b0330744_22482158.jpg
昨日書いた記事と同じ場所です。
発掘調査が終わって、
地中に電線埋入してあとは現況回復へ。

「美しい街並み景観を創造する道をつくっています」
だってさ~。
b0330744_22482346.jpg

それから

付属小の校門も白壁に直す工事してました。

b0330744_23032243.jpg
コチラの写真は11月のものです。



水戸市三の丸 2016年12月





[PR]
by ta-tanchi | 2016-12-04 23:09 | 現存しないもの | Comments(2)

白看板(案内標識)

ひたちなか海浜鉄道の表町通踏切です。
b0330744_21505072.jpg
なんだかレトロな感じがしませんか?

そう感じさせるのは、案内標識です。

普通案内標識は、青地に白文字ですよね。
それがここでは、白地に青文字、赤矢印の案内標識なのです。
ローマ字表示が大きくデザイン的にも素敵です。
b0330744_21510299.jpg

案内標識の歴史というというサイトを見ると、
白地に青文字のモノは、
昭和25年から46年まで作られてきたものだそうです。
その後は青地に白文字のモノしか作られていないようです。

だとしら
45年から60年くらい前の凄い年代物です。

水戸下市という案内もみませんね。

 ひたちなか市 2006年8月 

[PR]
by ta-tanchi | 2016-10-23 21:35 | 道路・鉄道 | Comments(0)

泉町広小路と柳 その2 柳の木が伐採された

以前に泉町広小路と柳 という記事を載せました。
b0330744_23414173.jpg
市立博物館の企画展「みとノスタルジア」の図録より
大正10年の泉町通り、泉町広小路です。

柳の木が泉町広小路のシンボルなのです。

2014年の柳の木です。
2代目の木ですが、泉町広小路のシンボルとして引き継がれております。
b0330744_06392397.jpg
それが1年後の2015年の7月
あれ?
b0330744_23412107.jpg
全然違います。
なんだか元気がなくなって幹も緑色してます。
b0330744_23412237.jpg
病気になってしまったようです。
2016年には、葉が生えることもなく
枯れ木になってしまいました。

どうなるのかな~と思って過ごしてましたが、
今年の7月?に柳の木はなくなってしまいました。
b0330744_23493925.jpg
シンボルの柳の木が枯れてしまい残念なことになってます。


水戸市泉町 2016年7月


[PR]
by ta-tanchi | 2016-09-06 08:24 | 旧町名 | Comments(0)

調整中~無用の長物「駐車場案内システム」 その1

水戸の市街地に向かって走ると見かける、
駐車場混雑状況を示す電光掲示板
「駐車場案内システム」。

電光掲示板に大まかな地図と書く駐車場の場所が表示されている。
しかし、新しい駐車場が反映されるでもなく、
見難いし
機能した時期はどのくらいだったのでしょうか?


検索すると、全国的におおよそ1990年代前半に作られたようですが、
水戸は、いつぐらいに設置されたものだったのでしょうか。
b0330744_10531016.jpg
b0330744_10295165.jpg
そしていつくらいから使われなくなったのでしょうか?
2000年には機能していなかったのでは??
この地図見てもね~。

全国的に設置されましたが、
これを設置して渋滞が緩和されるなんて本気で思っていたのでしょうか?
現在これ機能しているところっていまだにあるのでしょうか?

「調整中」
という言葉が空しいですね。

本当に
必要だったんでしょうか?
どのくらい効果があったかの検証ってされているのかな?


話は変わりますが、

今現在、京成デパードで催事があれば、
市内は慢性的な渋滞が起こっております。
国道349号太田街道は、特にひどいです。
みずほ銀行前を先頭に青柳の交差点付近までつながりますからね。

これで市民会館が出来た際に渋滞駐車場問題が起こるはずです。
現在、水戸芸術館の駐車場を基準に
市民会館の利用する車を算出しているようですが…
水戸市新たな市民会館整備基本計画骨子(案)(PDF形式:3,975KB、50ページ)
この資料32ページ前後

ホント机上の骨子案ですね。

駐車場案内システムが今も今後も真っ当に使えれば、渋滞しませんね(爆)

なんて思っていたらこの案内システム、
総てを確認することはできませんが、
市道にあるのは撤去されたようです・・・。

あはは。


水戸市常磐町、梅香 2009年2月、2010年3月 

追記です。水戸市のホームページより
平成6年10月から運用を開始し、これまで一定の効果をあげてきましたが、
今般、社会情勢の変化など以下の理由により、平成25年6月30日をもって、運用を終了します。

運用終了の理由
1.中心市街地における時間貸し駐車場の著しい増加や、カーナビゲーション、インターネット等による
駐車場情報の充実により、空いている駐車場をさがすことが容易になっている。
2.駐車場の増加等により、近年は、大半の駐車場が「空車」という情報ばかりの発信となっており
、システムの必要性がなくなっている。
3.設置から約20年が経過し、案内板の老朽化や修理部品の入手困難化が進行している。


[PR]
by ta-tanchi | 2016-07-04 22:02 | 道路・鉄道 | Comments(0)

光る白壁塀

タイトル通りです。見ての通り、光る白壁塀です。
先日(3月)、歴史的景観整備として完成した水戸三高の白壁塀です。

これに関して検索して最初に出るのは茨城新聞ですが、
はっきり言って茨城新聞のウェブサイトほど見づらく、
ウェブの意味がない新聞社のサイトは見たことがありません。
(新聞配達されているので、普段はウェブのサイトは見ません)

すいません横道にそれました。
b0330744_07485527.jpg
ば~ん。
白壁塀というよりは光る塀ですよ。

なんていうのかな?うまい言葉が出ませんが
ちょっと下品に見えてしまいます。
この光る塀、調和がとれているとは言えないような・・・
b0330744_07490091.jpg

照度計算してこうなったのか、予算が出てこうしたのかわかりません。
もっと明るくしてほしい歩道がたくさんあるのになあ~というのが実感です。

b0330744_07485584.jpg

そもそも歴史的景観にする必要はあるのかという問題は置いておいても、
これはやりすぎですよね~。

ちなみに付属小側、二中側はこんな感じです。
b0330744_07484152.jpg
水戸市三の丸 2015年5月


[PR]
by ta-tanchi | 2016-05-20 08:17 | 建物 | Comments(2)