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タグ:水戸下市 ( 17 ) タグの人気記事

市杵嶋姫神社(いちきひめじんじゃ)

備前堀に面して、市杵嶋姫神社はあります。

この写真見ただけでも雰囲気イイと思いませんか?
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説明版によりますと、
佐竹氏が大和国高市より分祠し、常陸太田に祀っていたが、
水戸城主となった時に城東竹隈の地に遷座、寛永年中、現在の地に移ったという。
毎年1月8日の初市(だるま市)には御輿が市中央に出社するほか、
市を守護する「市神さま」としてあつく信仰されている。

とのことです。

市(いち)とは下市のことですよね。
田町越えでできた商業地の市(いち)の商売繁盛を願っているんですよね?。

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毎年1月8日にはだるま市が建ちますが、行ったことはないので機会があれば行ってみたいと思います。


水戸市本町 2014年8月 

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by ta-tanchi | 2017-09-09 08:12 | 寺社 | Comments(0)

常陸山誕生の地に第72代横綱稀勢の里奉納土俵入り前の様子

第72代横綱稀勢の里奉納土俵入りが、常陸山誕生の地にて行われました。

が、
11時半から始まったその様子は見てません…。

当日の朝8時前くらいに通りすがったのでその様子を紹介します。
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着々と準備を進めているようでした。

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すでに多くの人が場所を取りに来ておりました。
年配の方も多い中、若い人も多かったように見えました。



太刀持ちは新大関の高安関、露払いは松鳳山関が務め、
会場は約3,800人のお客様で賑わいました。
その様子は下記のリンク先で

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像の横には、土俵型の花壇もあるので、
こちらを利用して土俵入りしてもよかったのに
と思うのは不届きでしょうか?。

ちなみに今日朝行った時は、シートで覆われておりました。

その後、白鳳の奉納土俵入りで常陸山の像の裏に植樹が行われたのでした。
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今日気になったのは、常陸山像はFRP像なんですが、
日の当たるところだけ残念ながら大分色褪せてました。

そちらの補修もタニマチの皆様よろしくお願いします。


水戸市城東 2017年6月、2016年10月




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by ta-tanchi | 2017-06-12 03:41 | 記念碑、記念像系 | Comments(0)

吉田神社その4

吉田神社には沢山の摂社があります。
本殿の裏にもありましたが、写真は拝殿の左手側にあるものです。
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左側の神社入り口は、昭和七年日支事変 凱旋記念 下市出征軍 と彫られてました。
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神社にはこういうようなものを時たま見かけます。

この入り口を抜けると、趣の変わった小径があります。
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進むと台地から降りる階段があります。
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この道は西参道というようです。
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水戸市宮内町 2014年9月

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by ta-tanchi | 2017-03-22 18:07 | 寺社 | Comments(0)

吉田神社その1

常陸第三宮である吉田神社です。

創建ははっきりしていませんが、4世紀くらいにはあったようです。
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小さな橋を渡り、入っていきます。


鳥居の右横には、木に隠れて吉田神社の石碑があります。
縣社 吉田神社 とありますが、
縣社の部分はコンクリートで埋めてあります。

これは戦後の神道指令によって社格が廃止された名残です。
こういうように社格を消した神社の痕跡はいたるところで見られますね。
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鳥居の左横には、だいぶ風化した何かがあります。
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大きな石灯籠でしたよね?
震災で崩れて頭の部分がなくなってしまいました。
どのくらい昔のものなのでしょうかね~。

参道を進みます
階段を上ると途中に大きなケヤキがあります。
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樹齢300年くらいあります。
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御神木なのでしょうか?
しめ縄がまかれております。

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階段を上ったところです。

水戸市宮内町 2014年9月 つづく


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by ta-tanchi | 2017-03-15 07:16 | 寺社 | Comments(0)

夜の備前堀

下市では普通の風景かもしれませんが、
私的に、
備前堀に夜行くと、
とても水戸っぽくない!

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安コンデジでの撮影、写真よかずっとずっと素敵なんです。

これを活かさないなんて・・・
なんだかもったいないなあって感じです。

昼間もいい感じですよね
ここを借景にしたテラス席が素敵なレストランとか
気軽な軽食が食べれるところがあるといいのになあ~。

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水戸市本町 季節が全く違うときに公開です・・・2016年6月

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by ta-tanchi | 2017-02-14 23:55 | 川・水路 | Comments(0)

びぜんぼり×こいのぼり

4月中旬から、備前堀の上に鯉のぼりが出現しております。
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いつ時から始まったかわかりませんが
2年前から始まった

「びぜんぼり×こいのぼり」

という企画です。
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三又橋と伊那備前守忠次像のある道明橋の間は、
大きな鯉のぼりが優雅に泳いでおりますが・・・
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道明橋と銷魂橋の間は・・・
小さなカワイイ鯉のぼりが泳いでおります。

三又橋から備前掘りに出て鯉のぼりを見たので、
こちらを後で見たので
ちょっとさびしい感じが否めませんでした。

とは言っても、
水辺と柳とこいのぼり、
清々しい気持ちになりますよ。

2016年4月 水戸市本町、紺屋町

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by ta-tanchi | 2016-04-28 08:10 | イベント | Comments(0)

玉姫稲荷神社

水戸市下市のハミングロードの一本裏に、
玉姫稲荷神社があります。

検索しても、水戸の神社は出てきませんでした。
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元々この地にあったわけではなく、
区画整理でこの地に来たそうです。
社自体も新しい感じがします。

元々は富商那波屋武右衛門(どんな人物かはわかりません)の氏神だったそうです。

玉姫稲荷神社の前は
下市の商いをしていた大きな家の立派な倉と
氏神が見えます。
なんだかこっちのほうがインパクトありました。
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下市では、明治15年から20年頃に土蔵を建てるブームがあったそうです。
現在、下市で倉が残っているところはどのくらいあるのでしょうか?

2014年8月 水戸市本町

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by ta-tanchi | 2016-04-16 23:36 | 寺社 | Comments(0)

金刀比羅神社 (下市)

銷魂橋から備前堀南岸に沿って東に行き旧街道を進むと
金刀比羅神社があります。
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創立不詳ですが、下市の大火の火難救済の神として
讃岐の金刀比羅神社の神霊を勧請して建てたらしいです。

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社と、狛犬ではなくウサギです。
狛兎。

珍しいですよねえ・・・。

水戸市白梅 2014年8月


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by ta-tanchi | 2015-05-15 18:08 | 寺社 | Comments(0)

竃神社

竈神社。おかまさま。と呼ばれているようですが、
かまどじんじゃが正しい呼び名です。
大きな欅が目立ちます。
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三宝荒神は、水戸城東郭にあったものを寛永三年に赤沼へ移転し、
のち、元禄三年、徳川義公のときに現在の地に移転。
天保年中、斉昭は三宝荒神から竃神社に改名を命じた?。
水戸七社の一つに選ばれている。

というようないわれのある神社です。
ところで水戸七社って私、わかっていません。

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ケヤキの横には小さい神社
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手水舎の奥には石碑が二つあります。
左側は、第二次世界大戦中の昭和17年11月建立の
国威宣揚と書かれた国旗掲揚台跡です。
石碑と書きましたが、石碑とは言わないですね。
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銷魂橋の袂に、「村社竃神社」の石碑があります。
村社っていうのは、村にあったからというわけではありません。
神社の格式の名前のようですよ。

2014年8月 水戸市本町

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by ta-tanchi | 2015-05-12 19:59 | 寺社 | Comments(0)

銷魂橋

銷魂と書いて「たまげ」と読みます。
読めません。ふつうは「しょうこん」って読みますよね。
橋の名前としては変わってますね。
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銷魂橋の石碑には、
徳川光圀が水戸を去る人々が、この橋で別れを惜しんでいたので
1690年に名を七軒町橋から銷魂橋と改め、
三宝荒神(竃神社)を赤沼から移して樹木を植え
水茶屋など尾を置いた。
笠原水道はこの備前堀を橋と並べて銅樋で渡した

と書かれています。

石碑には高札場とも書かれているので、人々の往来も多かったのでしょう。

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橋の下流側にも石碑が2つあります。
江戸街道起点 
水戸街道といったほうがわかりやすいような気もしますが、
水戸の付近では江戸に通ずる道なので江戸街道と呼んだのでしょう。

この橋は、出会いと別れの橋だったなんて、
ロマンチック(笑)ですね。
今、ここは待ち合わせスポットに・・・。
なんてことには残念ながらなりそうにありません。


この橋より向こうは、
水戸の市街じゃないというイメージだったんでしょうかね。
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そしてもう一つの石碑は「村社竃神社」
です。
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水戸市本町 2014年8月



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by ta-tanchi | 2015-05-09 13:39 | 道路・鉄道 | Comments(0)