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滝下橋の由来ってなんだろう? 

滝下橋。
市道見川116号、桜川に架かる橋です。
市道番号言われても・・・どこだかわからないですよねえ。
桜山から見川神社前を通って小吹に向かう道の桜川に架かる橋の名前です。
この記事書きかけで、信号待ちで市内のバス見てたら
どこ行きかは忘れましたが、バスの経由地に滝下橋と書いてあるのありますね。
メジャーな場所なのかな?
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桜川は河川改修が行われて、川幅も広く大水になったときの遊水地が広がっております。

下の写真は、下流方向で水量が増えたら流れ込むようになっております。
写真はパノラマ合成です。

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この一帯は桜川緑地と呼ぶようです。

上流側は河川改修でまっすぐ伸びております。
ちなみに千波湖からここまでは歩道(自転車道)が整備されております。
高校生がイヤホンをしながら自転車を結構飛ばして通るので、
ちょっと危ない感じがあります。
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というところにある橋の名前の由来が分かりません。
滝下橋
滝なんて近くにないようですし・・・
昔は滝があったのでしょうか?
それとも滝が近くにあって私が知らないだけなのかな?

と、書きかけでしばらく下書きとして置いときました。

先日、その滝と思われるものがわかりました。

つづく


水戸市見川 2016年4月


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by ta-tanchi | 2017-10-01 07:03 | 道路・鉄道 | Comments(0)

下馬橋

下馬橋。
極楽橋の由来の伝説に由来する橋です。

昔、香取稲荷を前にして殿様の馬が急に進まなくなってしまい
下馬したというお話があるからです。
そして歩いてきたところ、極楽橋のあたりで馬に乗ることが出来、
「あ~,極楽,極楽」と言ったという話が極楽橋の由来に対しての下馬橋…。
ちょっと後出しじゃんけんぽいネーミングです。

まあ見てお通り、用水路に架けられた橋です。
車で走っていると、橋の感じは一切ありません。
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この用水路はいつの時代からあるのでしょうか?
用水路になる以前も小川があったのかもしれませんね。

お殿様が通ったとされる時代にどうだったかはわかりませんが、
まあこの辺で馬降りたということなのでしょう。


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橋から正面に香取稲荷神社があります。
こちらが参道になりますね。
まっすぐな道の突き当りに神社があるという光景はよく見ます。
後付け道路が横に伸びているという感じでね。

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反対側は田んぼです。
手前のガードレールが下馬橋になります。

ちなみに、この道は那珂川沿いを進む、今の県道174号小泉水戸線の旧道になります。
なのでこちらが本来の街道筋になります。

これにて地獄極楽ウォーキング、了?。


水戸市東大野 2016年8月

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by ta-tanchi | 2017-08-15 08:27 | 道路・鉄道 | Comments(0)

地獄橋と呼ばれていた 境橋

渋井町緑地そばには境橋があります。
手前側左が渋井町、見切れている道路の右側が西大野、
対岸が吉沼町となってます。まさしく町堺!
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またまた「水府異聞」からになりますが、
地獄橋と呼ばれた新川に架かる「境橋」とあります。

「徳川時代、罪人の死者、および無籍の死者を葬りし所にて、
葬り方が粗末なる故、時々露出し、犬の引きズリ出す等の事あり、
惨状甚だしく、見る者戦慄して、地獄橋と名づくに至る。
明治維新後は橋の位置も変え、
渋井、吉沼間に架せしを以って境橋と称するに至れり。」

と、昭和2年刊行の東茨城郡誌に記されているとのことです。

ってことは、この境橋のある場所じゃないってことですよね?
どこにあったんだろう地獄橋・・・。


江戸時代なんて橋の名前なんて俗称でしょうからね。

新川の下流には、こんな地獄橋ができるずっとずっと前から極楽橋
が存在していますが、
それに対する対義語的な意味合いはなかったでしょう。

一応この辺りを、地獄極楽ウォーキングのなかの、
渋井町緑地をはじめ、地獄のエリアとしてあります。

「水府異聞」によると、そして橋を渡ったところにある茂みが
磔場跡だそうです。

江戸時代の橋の位置が違ったのであればこれは当てはまることなのかな?

なんだか頭の中モヤモヤしてきました。

ってことでその磔上跡は本物か?につづく

水戸市渋井町 吉沼町 2016年6月







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by ta-tanchi | 2017-07-23 06:02 | 道路・鉄道 | Comments(0)

大手橋の車両通行止

平成29年6月1日から、
水戸城大手門復元整備工事着工に伴い、
大手橋から水戸二中と付属小学校校門間が車両通行止めとなりました。

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工期は平成31年9月9日までです。結構かかりますね。
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イメージ写真で行くとこんな風になるようです。
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大手門に関しては
まあ、正直いるのか、いらないのかと言われれば、
車両通行止めとなると不便になるなあと思う次第です。

でも、どっちでもいいです。

それから三の丸ホテル裏に駅から見えるように、二の丸角櫓も作っちゃうんだって。
茨城国体までに完成させる模様。

歴史的景観を作れば人が来るという発想なんでしょうけど、
本物の弘道館があればほかのものなんて
ジオングの足のようなもののような気も・・・。

「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。」

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橋を渡ると、こんな感じです。
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大手橋を作る道路は囲いができております。
そしてその横に歩行者通路ができてました。


ここの向かいの大手橋の上には、
自転車は通行できませんと書かれているのに
自転車置き場??なの?
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と思ったら、
ベビーカー置き場ですって。
???
付属幼稚園向けにでしょうか?
真意はわかりません。

歩行者通路の様子は次回へ続きます。

水戸市三の丸 2017年6月






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by ta-tanchi | 2017-06-14 08:49 | 道路・鉄道 | Comments(0)

柳堤/柳堤橋


柵町児童公園の一角に「柳堤」の石碑を見つけました。
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さりげなく石碑はありますが、こういうのもっとアピールしたほうがイイと思います。

旧町名ではないですが、現在柳堤橋として地名が引き継がれております。
橋の上にバス停もありますね。
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柳堤橋は国道51号線の桜川に架かる橋ですが、国が橋を架けたわけではなく、
プレートみると、1970年に水戸市建造なんですね。
橋は市道から国道へ昇格という扱いなのでしょうか?
駅南開発と関係があったのかな?
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ちなみに「水戸の橋ものがたり」と言う本には1966年完成とありますが、
この年に出来たと言う記載は誤りですね。
1967年の空中写真にも橋はありません (ログインしないと見れません)。

さてその柳堤の由来ですが、
それは江戸時代の話、干拓以前の千波湖が大きかったころの話です。

水戸の初代藩主、徳川頼房が
上市と下市の交通の便を考え、慶安4年(1651年)、千波湖中に土を運んで造らせた堤で、
東は水門橋付近、西は東照宮下まで、全長約2キロ半の長さがありました。
この道は新道と呼ばれておりましたが、
通行人は夏の暑さに苦しんだそうですが、元禄になって光圀が、
数百?千?本の柳を植え、日除けの役割を与え、柳堤(りゅうてい)と名づけました。
また、中国西湖の名勝地蘇堤(そてい)を意識したとも言われております。

もしこれが現在も残っていたら、素晴らしかったでしょうね。
柳堤を伝える石碑が最初の写真です。

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ちなみに市立博物館の水戸城模型の湖上の道が新道です。

水戸市柵町・模型だけ大町  2015年8月 10月

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by ta-tanchi | 2016-06-17 07:48 | 旧町名 | Comments(0)

本城橋 

水戸二中、水戸三高と水戸一高を結ぶ橋は、本城橋と呼ばれております。
2002年に架け替えられる前までは、トラス橋が架かってました。
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ネットからの情報だと、昭和4年に竣工したもので、
そのトラスは北海道で架けられた橋を転用したものと言うことが書かれております。

昭和4年。この年は、水戸を中心とした陸軍大演習が行われました。
天皇行幸が水戸にあったのに合わせて橋は作られたようです。

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一高側に渡ったところに旧橋の親柱が保存されております。

水戸市三の丸 2016年5月



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by ta-tanchi | 2016-05-24 07:03 | 道路・鉄道 | Comments(0)

Wダブルな橋

常磐陸橋の下の道路は、上の陸橋部分が橋になってます。
歩いて通って初めてかが付きました。
車だと気が付きませんね。

よってダブルな橋。

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ただこの橋の下には水路はありません。
1940年代の航空写真を見ても水が流れていた痕跡も見当たりません。
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どういった経緯で橋になったのでしょうかね~。

ちなみに下の道路の橋梁名は常磐橋です。
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水戸市千波町 2015年2月

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by ta-tanchi | 2016-04-22 08:14 | 街秘境 | Comments(0)

水府橋が・・・

今日の出来事です。
昨年水府橋へ急げ!!と書いてから10か月、
そして2月10日に水府橋横を通った時は水府橋一部が残っておりましたが、
本日行くと・・・
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なんと橋脚部分から外されて上部構造は切り取られてしまっているではないですか・・・。

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切り取られた水府橋は艀の上で解体作業されておりました。

寂しさを感じますね。
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もう少し見ていれば動きがあったかもしれませんが、
通院前の一時の撮影でしたので、長居はしませんでした。

変電所脇は工事してましたが何の工事かと言うと・・・
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モニュメント??

道路の拡幅じゃないんですね。
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水府橋の一部が切り取られてモニュメントだそうです。
なんだかこの絵を見る限りは解体片を放置しているようにしか見えないのですが・・・。
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もう少し素敵に残せなかったでしょうかねえ・・・。

水戸市北見町 2016年3月5日

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by ta-tanchi | 2016-03-05 22:56 | 道路・鉄道 | Comments(0)

旧水府橋に当たる初日の出

今年も「みとぶら」よろしくお願いします。
マニアックかつ楽しく、
水戸に住んでいても知らなかった魅力を発掘し、
伝えていければと思っております。

昨年末体調を崩して初日の出を見に行くのは止めました。

写真は今日の物ではなく3年前のものになる元日のものです。
元日、ひたちなか市枝川で那珂川から初日の出を望みました。

ただし雲が覆って綺麗には見れませんでした。
その帰りにまだ現役の旧水府橋を通った際に、
橋が無くなってしまうのを前提で写真に収めたものです。
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初日の出に照らされる水府橋です。
もちろん誰もこんなところにはいません・・・。
交通量も少ないです。
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門柱と橋名板は現在の橋に移築されてますね
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ワーレン型トラス三連橋で、1932年に完成したもので
当時として歩道を設けているのはかなり珍しいものであったようです。
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リベット止めで、見ていても歴史を感じます。
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歩道側の街灯の跡でしょうね。
ここに灯りが灯っていたら素敵ですね。
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トラスの間はこんな感じです。
リベット止めが沢山です。
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その下の道路のつなぎ目。
歩道、車道のつなぎ目は1932年当時の物なのでしょうか?

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歩道は石による舗装がされております。これは当時からの物でしょうね。


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根本側は銀杏の木が植わっております。
日ノ出によるゴーストを避ける写真は難しいのでした。
この年はこの直後寒さにやられたのか高熱にうなされたのでした。

水戸市水府町、根本 2013年元旦

残っている1連のトラスは今年度中には無くなってしまうのかな?


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by ta-tanchi | 2016-01-01 16:05 | 道路・鉄道 | Comments(2)

ハナミズキ広場 その4 続 アナハイム橋と木橋

前回の記事で、ぼろぼろの木橋を載せました。
この写真は2014年8月のものでした。
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この木橋は朽ちたので安全のため撤去され、
石橋であるアナハイム橋にその運命を託されるのだと
思っていたのですが・・・

整備とともになんと、架け替えられてます。
2015年6月の写真です。
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駐車場側は、砂利を入れ整備したのですが、
どういうわけか砂利のくせに圧接が悪いのか、
ふにゃふにゃして歩きにくいのです。
前の土の道のほうがよかったです。


ベビーカーや車イスがが渡れる幅にするのであればわかりますが、
わざわざ狭い幅で木橋の架けなおした意図がよくわかりません。

なんだかな~という2つの橋の並びです。

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アナハイム橋はベビーカーや車イスは渡ることができませんし、
実のところアナハイム橋、
勾配が意外にきつく、滑り止めもイマイチで
歩いても渡りにくいのですよね。

普通ならわざわざアナハイム橋は、渡らないね・・・。

木橋、石橋は、何のため、誰のための橋なのか・・・。


水戸市千波町 2014年8月 2015年6月







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by ta-tanchi | 2015-10-22 16:58 | 公園 | Comments(0)