みとぶら

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神崎寺には石仏めぐりの道があった模様

天王町の神崎寺は古くからあるお寺です。
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今回紹介するのは、お寺入って右側に進んだところにある
石仏群です。
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石仏群の先には西の谷の斜面に続く道の痕跡があります。
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そして少し離れたところにも、道の跡が・・・。
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2月で、草木の枯れた季節でもちょっと進める感じはしません。
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この道は、以前石仏めぐりの回遊路として整備されていたようです。
八十八ヶ所巡りを模しているとも(未確認)・・・

西の谷から神崎寺側の斜面を見ると、
ところどころに石仏があるのが確認できます。
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こんななにも無さそうなところを目を凝らすと
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石仏があります。
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下の写真は、以前紹介した石仏です。
ブログ初期に西の谷のかくれた石仏 という記事を載せたものも
神崎寺の石仏めぐりの小径上にあったもののようです。

なんとなくの想像ですが、
この小径は、神崎寺から西の谷に降りるための古道を利用しているのかもしれません。
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早起きをして、情報を仕入れ、この道の存在を知ったわけですが、
こういう埋もれたネタってきっとマチナカにはまだまだあると思うのです。

残念ながら石仏めぐりの小径は整備されることは無いのかな?


水戸市天王町 2015年9月 2016年2月


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by ta-tanchi | 2017-05-27 07:19 | 寺社 | Comments(0)

千人供養

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大正7年8月5日建造された地蔵菩薩です。
神崎寺の住職だった方が、鳥見町の芸子さんで複雑な事情から、
この地で命を絶った人がいてそれを供養しているのがこのお地蔵さんらしいです。
ただ、どうして千人供養なのでしょうか?

震災後は倒れてしまっておりましたが、
現在は修復がなされております。
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西の谷の隅、
線路沿いの道にあります。

水戸市天王町 2014年8月


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by ta-tanchi | 2017-05-23 07:18 | 石仏、道標 | Comments(0)

銚子屋のバナナミルク

南町の商店街にある果物屋さんの「銚子屋果実店」。
現在まちなかに残る唯一の果物屋さんになってしまいました(京成は除く)。
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果物が並ぶ店内の一角に、果物ジュースコーナーがあります。

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いろいろなジュースがありますよ。
その中でもバナナミルクは100円です。
ずっと前から100円のままです。

ほかにもいろいろなジュースがありますよ。
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銚子屋さんでジュースが飲めるのを知っている人って意外に少ないと思います。

水戸市南町 2016年8月

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by ta-tanchi | 2017-05-19 17:57 | グルメ | Comments(0)

第一石川踏切跡


常磐線の岡田踏切第三常磐陸橋との間には、かつて踏切がありました。
その名は第一石川踏切。

現在近くに跨線橋がありますので、それが完成して役目を終えたのでしょう。

東赤塚側からの訪問でず。
近づいていくと線路の向こう側にも道が見えますね。
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遺構は残っているのでしょうか?
フェンスのちょうど踏切があったであろう場所に保線用の出入り口が見えます。
この辺りがきっと踏切の入り口ですね。

線路際まで来ると、向こう側に石の車止めがあるのが見えました。
ただし線路の左右には踏切の道路部分はありませんね。
手前側は判りにくいですが、枕木を使った階段になってます。

岡田踏切同様、自動車は渡れず、
自転車や歩行者のための踏切だったみたいですね。
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そんな中、「第一石岡JB」と書かれた近くの線路内の箱状の物がありました。
JBは、何の略なのでしょうか?
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そのまま線路は渡れませんので、ぐるっと回って反対側(姫子側)を見に行きます。

路地を入っていきます。
ここに踏切があった感じには見えませんね。
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線路際までやってくると、踏切の面影を強く感じますね。

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反対側は前出のように枕木の階段です。
もともとこうだったとは思えず姫子側同様、車止めがあったのでしょう。

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この忘れ去られた踏切跡は、いつぐらいに廃止されたのでしょうか?
私が知る限り1996年のゼンリン地図には記載されているのを確認しております。

水戸市東赤塚 姫子 2016年10月





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by ta-tanchi | 2017-05-16 18:10 | 道路・鉄道 | Comments(0)

備前町の中央の道路はなぜ広いのか?

備前町の中通りの道幅は周辺の生活道路に比べると太いのです。

水戸に古くから家がある方に聞いたのですが、
はり天王さまがリバティーヌのあたりにあり、
そこに向かう参道だったので備前町の他の道より道幅が広いとのことのようです。
この「天神社跡」が「天王町」という地名の由来になった、
牛頭天王を祀った神社があった場所です。

徳川斉昭によって、上河内の素鵞神社に遷されて現在に至っております。
神社がなくても名残で周囲の町内会、
上金町?、下金町?、鉄炮町、泉町が当番でお祭りを引き継いでおります。
ちなみに天王町はお祭りには参加していないようです。
そこが謎ですよね。
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2車線に歩道もしっかりとあります。

それに面する道路東側の写真ですが、
歩道と路上駐車の許されない一方通行の道です。
西側の道路は写真はありませんが、歩道がない一方通行です。
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写真はありませんが、リバティーヌといえばデザートの焼きリンゴですね。
しばらく行っていないな~。
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水戸市備前町 2015年10月

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by ta-tanchi | 2017-05-09 13:33 | 街秘境 | Comments(0)

岡田踏切(常磐線)

水戸駅(偕楽園駅)と赤塚駅の間には、3か所に踏切があります。
古くは、偕楽園や桜山、常磐大学の所などにもありましたが、廃止されております。

今回紹介する岡田踏切は、残った踏切の一つです。
東赤塚アパート側から訪問しました。
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アパートを過ぎると、常磐線が見えました。

道幅見てもらった通りの状態で、
自動車の通行はできる幅はありませんので、
自動車は通れません。

2輪でもスピードが落として通るように、柵があります。
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写真を撮っていると、すぐまた踏切が鳴ります。

ときわ66号がやってきました。
こんな感じです。


列車が通過していよいよ渡ります。

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年季の入った柵ですね。
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水戸駅方向は緩い下り坂。
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赤塚方向は緩い上り坂です。

撮影中自転車の往来がありました。
そうこうしていると、また踏切が鳴りだしました。
今度は渡り切った側からの列車通過を見てみましょう。


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味のある踏切ですね・・・。

この岡田踏切は、廃止される可能性が高いです。
というのは都市計画道路がこの踏切の真上で
常磐線を橋梁でクロスする予定だからです。

赤塚方向の写真の左側の法面方向から
上の写真の右側の空き地にわたって道路が伸びます。

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道を進んで振り返ったところ。
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県道177号赤塚馬口労線、昔の笠間街道に出ます。
ちょうどこの辺りにあるJRバスのバス停名は「岡田」です。
今の地名は姫子ですが、岡田は旧地名なんでしょう。

 水戸市東赤塚、姫子 2016年7月

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by ta-tanchi | 2017-05-04 12:37 | 道路・鉄道 | Comments(0)