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東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展

茨城県近代美術館で行われている
東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展 を見てまいりました。

とても素晴らしいものでした。
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唐招提寺の御影堂は、鑑真和上坐像(国宝)が奉安されており
東山魁夷画伯が描かれた、鑑真和上坐像厨子扉絵、ふすま絵、障壁画が収められています。

平成27年から平成大修理事業に着手したことで、拝観できない間を利用しての障壁画展です。
訪問時は平日でしたが混雑しておりましたので、
会期が迫ってくるとかなり混雑することが予想されます。
4月2日までです。

水戸で東山魁夷の作品といえば、京成百貨店の包装紙です。
東山魁夷の作品「樹映」をもとに、デザイン監修され京成百貨店のために製作し浜紬に染め上げたものです。
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美術館で包装紙と記念撮影してみました。
が、包装紙は青が上なんですよね・・・。

旧京成百貨店時代はこの包装紙について
どこかにこれが展示されていた記憶があるのですがうる覚えです。

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ちなみにもう終わってしまいましたが、京成百貨店9階で東山魁夷展が行われていて、
コチラに包装紙に関する展示がありました。
ただこれは、旧京成の建物で見たものではないようにも思いました。


水戸市千波町 2017年2月






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by ta-tanchi | 2017-02-27 01:12 | イベント | Comments(0)

善重寺の聖徳太子立像


聖徳太子立像といえば、水戸のひとであれば、
水戸郷土かるたによっておおよその人が知っているはずですね。

「善重寺 みずら姿の 太子像」
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ってやつです。今の小学生の間では
マツコ・デラックスとも呼ばれているようです(注)。

この聖徳太子像は、聖徳太子の命日である毎年2月22日、

1年のうち1日だけ、

そのうちの11時から12時までの1時間だけ、

善重寺の太子堂が御開帳になり、奉安されている木造聖徳太子立像を観ることができるのです。
激レアなわけで
なかなかそのタイミングで行くことは難しいのですが、
行ってまいりました。
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11時20分頃到着。

境内にはいると観るための列が出来ておりました。
暫く並んでおりますと、住職がやってきて準備をして
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太子堂の入口が開きました。
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ぞろぞろの並んでいる人が太子堂へ入っていきます。

なんとなく見て終わりだと思っておりましたが、
住職さんがお経を唱え、
そのあとに浄土真宗、太子信仰、聖徳太子立像などについて柔らかく聞き入るお話がありました。

徳川光圀が城里の阿波山(大山)にあった聖徳太子像を善重寺に寄進したようです。
16歳の姿で、玉眼崁入(ぎょくがんかんにゅう)、髪を美豆良(みずら)に結い、
袍衣(ほうえ)に袈裟(けさ)をかけ、
左手に柄香炉(えごうろ)をもち、その一指で衣の端をとり、右手に笏(しゃく)を持っております。
下市を向いて奉安されているのは、民を見守ってくれるようにとのことのようですよ。

また、太子のお顔は、像ですが眺める角度によっていろいろな表情を見せてくれます。
正面から立って眺めると凛々しさがあり、
真下から見上げると女性的な色気もある像です。

写真撮影はしないでくださいとのことですので、
どこかのサイトの立像を参考に下書きもなく筆ペンでちゃっちゃと描いてみたものを載せますね。
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この絵では伝わらないですね(笑)。



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入口正面に太子像はありますが、入口は屏風で仕切られ、
外からは見えないようになっております。
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(注)信仰の対象を揶揄するつもりはありません。
私たち小学生のころ、勝手にあれだこれだと絵札に名前を付けて親しみをもっていた、やっていましたよね。

水戸市酒門町 2017年2月22日




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by ta-tanchi | 2017-02-24 07:17 | 街秘境 | Comments(0)

水戸のバスの運転マナーの向上に期待します

この写真見て、特に何も感じないのであれば
感じ取ってほしいです。

歩行者の信号青。
バスの停止位置。
どうですか?
だからどうした?ですか?

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歩行者がいないからオッケーですか?
停止線よりもタイヤがどんだけ前に出てますか?
車長の半分くらいはみ出てますよね。
そして横断歩道に乗り上げていますよ。

見てましたが、バスが止まれなかったわけではありません。
ゆっくり走ってきてここで停車しました。
仮に止まれなかったとしたらそれはスピードの出し過ぎです。

残念ながら、これが水戸のバスの日常です。

たまたま乗ったバスでも
わかりにくいかもしれませんが、
郵便局前の交差点でラインオーバー
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水戸のバスって
黄色から赤に変わるタイミングでも
平気で交差点侵入してきますよね!!

これも日常です。
(赤でも侵入してくるバスいますけど)

交通マナー悪すぎです。

茨城県の交通マナー悪い悪いってよく言われますが、
公共機関がこれでは、
良くなるわけがありません。

水戸の街、茨城県を良くしよう!
良く見せようと思うのであれば、
こういうところから気を使っていかない限り、
良くならないですよね??

これが本当のおもてなしだと思うのですが…。

こういうところから正していかなければならないのでは?

皆さん、どう思いますか?

水戸市南町だけどどこでも 2014年1月、2016年3月撮影だけど年中

前にも同じこと書いています。。





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by ta-tanchi | 2017-02-22 06:57 | 道路・鉄道 | Comments(4)

南町1丁目商店街鳥瞰図

南町1丁目の南北には
南町1丁目の建物のお店の名前の書かれた鳥瞰図が立派な枠の中に描かれております。
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が、
現存しないものばかり・・・

こういうものつくってもなかなか更新できないですものね。

何か有効に使える手立てはないでしょうか?

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訪問時は、
ちょうどサントピア解体作業始まってました。

今はもう空き地となりましたが、見ていたら基礎をすべて解体しておりませんので、
何かを建てるとなるとまた掘り起こさなくてはなりませんね。

水戸市南町 2016年8月

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by ta-tanchi | 2017-02-20 08:50 | 道路・鉄道 | Comments(2)

夜の備前堀

下市では普通の風景かもしれませんが、
私的に、
備前堀に夜行くと、
とても水戸っぽくない!

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安コンデジでの撮影、写真よかずっとずっと素敵なんです。

これを活かさないなんて・・・
なんだかもったいないなあって感じです。

昼間もいい感じですよね
ここを借景にしたテラス席が素敵なレストランとか
気軽な軽食が食べれるところがあるといいのになあ~。

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水戸市本町 季節が全く違うときに公開です・・・2016年6月

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by ta-tanchi | 2017-02-14 23:55 | 川・水路 | Comments(0)

笠原水道のその後 明治時代から終焉まで

時代は江戸から明治へ。
明治になても江戸と同様に笠原水道の維持管理は町人によって行われていたようです。

明治19年に笠原水道を管理する水利土功会というのが出来て、水戸の市制が明治22年に施行されて、水利土功会は市長管理下へ。水道岩樋修理、井戸新設願などの記録が残っていますが、水利土功会の活動全般はよくわかっていないようです。
また、江戸時代は道路を利用して井戸(笠原水道)が設置したのですが、これば道路利用の規則に反するようで、許可が必要だったが、出していなかったので、特別に道路に井戸据置を許可してほしいと県に届け出をし、さらに、井戸には堅牢な蓋を付け、井戸際は清潔にすること、往来の支障なきようするという届け出をだしました。そして備前堀を跨ぐ銅樋に柵、橋上に屋根を付けました。

またこのころは笠原水道では、盗水の被害もあり、記録が残っております。
毎年区間を決めて岩樋の泥土は木の根などを清掃修理して、水流の回復を下にもかかわらず、水量が減少し、飲用にも事欠くようになったので調べてみると、岩樋の上蓋をはがし、溝の中に石が入れられたり、岩土井に穴をあけ、明治になって開墾された新田に引水されていたのでした。見回りをしていてもこういうことが起きていたようです。

水質と水量の維持は、270年も過ぎた施設の保持は応急処置とはいかず、また笠原水道末端部では水量が不足することもしばしば起こるようになりました。水質も悪化していたし、防火には不十分だったようです。

水質の悪化として始末が悪いのが伝染病です。
下市では、夏になると赤痢は腸チフスが発生するのですが、明治22年6月には大流行しました。
竈神社の祭礼日に水道上流でチフス患者の汚物を洗ったことによって急速に広まったようです。

下市では死亡者や伝染病関係者の患者数の増加が他地域よりも多いことがわかり、住民たちから直ちに笠原水道の改良工事を願ったのでした。
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明治30年、水道に対して十分な機能を果たしていない水利土功会を解散させ、水道区会として組織の整備をし直しました。
明治42年から43年にかけて、水量を確保するための水源工事、水の浄化を図る沈殿池を兼ねた配水池工事、漏水が少ない導水管工事などの全面的な大規模な改修工事が行われました。
水源は第1、2、3(3だけ福沢)と増やし、導水管は大部分は常滑産土管で低地は鋳鉄管、配水池は白梅にコンクリート製で作られました。
これによって従来の岩樋の笠原水道の役割は終了し廃止処分となりましたが、水源以外の岩樋への湧水があり、防火用水として維持管理を続けていきます。

そして昭和7年、那珂川を水源都市水戸市街地全体を給水区域とする近代水道の完成によって、笠原水道は幕を閉じました。




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by ta-tanchi | 2017-02-09 08:27 | 川・水路 | Comments(2)

笠原水道が出来たら・・・

笠原水道は1663年に完成しました。

完成しましたよ!めでたしめでたし、という話で普通は終わりです。

いつまで使われていたかという話、あまり知られておりません。
ちなみに笠原水道は昭和7年、水戸市の近代水道の完成によって使命を終えました。

笠原水道というインフラ設備が出来ればそれを維持管理していかなくてはなりません。
それはいつの時代でも一緒です。

水道の経費は受益者負担で、臨時の大修理は別途徴収となりますが、保管金を貸し付けて利を収め、水道の管理にあたる町役人は、町年寄、下町名主、町人から専任の水番を置いて水道の保全にあたりました。

現存する資料では完成して20年後1683年(天和3年)にはじめて修理の記録があり、そこから毎年のように費用と労力と必要としたようです。

1802~3年、享和の大修理が行われました。
完成から100年以上経っているわけです。それまでの手入れが必ずしも良くできていたわけではなく、水道管に樹木の根がはいりこんで破損や漏水、そこから泥水の流入で水質悪化、水路をふさぐなどで、断水があったりしたようです。
そのため、仕様替を含み、幹線で1707間、支線を含め9000間の水道修理を藤柄町の佐兵衛を中心に行いました。
佐兵衛は、渡りの水道職人(水戸藩には技術者がいない)は威張って仕事しない、農村からの人夫は町が珍しくて徘徊してしまい仕事しないのが、過去の工事でわかっていたので、子々孫々に残る大事業であるので身元確かで実貞な者を集めて行ったとのことです。
取換岩1707枚、根太工1708肩、杭17080本、置土17080肩という試算だったようです。
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笠原水道の維持管理は補修との戦いであったようです。

明治の話はまたの機会に。





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by ta-tanchi | 2017-02-06 08:52 | 川・水路 | Comments(0)

水戸芸術館ライトアッププロジェクト

ブラタモリの水戸編でタモリさんが
水戸芸術館の塔を見て
高いところはいいや、
みたいなこと言ってました(笑)。

大丈夫です、基本的に鑑賞するための塔ですので( ^^) 。
でも次に来る機会がありましたら登ってみてください。
段丘の様子も見れますよ。

さて、その水戸芸術館は、以前は冬の間だけ
アートタワーみとスターライトファンタジー
としてライトアップしておりましたが、

昨年秋から
水戸芸術館ライトアッププロジェクトとして
照明も変わり、
通年ライトアップすることになりました。
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少し前になりますが、霧が出ていた時に撮影しに行きました。

綺麗に見せる撮影技術がないので伝わらないと思いますが、
幻想的に見える塔でした。

いろいろな表情を見せてくれます。

タワーだけではなく、広場の噴水も照らされております。
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いろいろなパターンの色で照らされます。

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風がなければ、水面に映る石の姿もクッキリしたでしょう。

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カメラの設定よくわからないです、はい。

水戸市五軒町 2016年11月










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by ta-tanchi | 2017-02-02 18:05 | イベント | Comments(4)

素敵なステンドグラス

とある建物の入口で見かけました。
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水戸芸術館の塔と好文亭と千波湖、そしてビル群。
素敵です。

水戸市常盤町 2016年2月


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by ta-tanchi | 2017-02-01 07:49 | 街秘境 | Comments(0)