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カテゴリ:道路・鉄道( 69 )

大手門建設の仮設歩道 その後

大手橋の仮設歩道の階段強度が弱くて踏み抜きそうだってネタを、
階段が出来て早々に載せました。

先日行ってみると、階段部分はコンクリートになってました。
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滑らず、硬いし、安全になりました。
最初から強度を上げた状態で作ればよかったのにね。
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8月20日現在の大手門の予定地です。
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弘道館側には、ようやく高校生用の自転車置き場が出来てました。
階段を持ち上げて通っていましたからね。

ただ、ここから一高や三高までは距離があります。
どのくらいの利用者がいるのかな?
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水戸市三の丸 2017年8月






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by ta-tanchi | 2017-08-21 07:06 | 道路・鉄道 | Comments(0)

旧道入口

前回、地獄極楽ウォーキング最終回として、下馬橋を紹介しました。

その際に、下馬橋が架かる道が昔の湊街道、
今でいう県道174号小泉水戸線にあたりますと最後に記載しました。

そのまままっすぐ旧道をひたすら進むと、
下大野で旧道と那珂川沿いを進む新道は合流します。
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そこのバス停名は、旧道入口です。
実のところ私は、旧道だってことを知ったのはこのバス停のおかげです。

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三叉路になっている右側が旧道です。
旧道は、古い民家が並んでいるので街道の面影がありますよ。

水戸市下大野 2016年9月


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by ta-tanchi | 2017-08-17 06:52 | 道路・鉄道 | Comments(0)

下馬橋

下馬橋。
極楽橋の由来の伝説に由来する橋です。

昔、香取稲荷を前にして殿様の馬が急に進まなくなってしまい
下馬したというお話があるからです。
そして歩いてきたところ、極楽橋のあたりで馬に乗ることが出来、
「あ~,極楽,極楽」と言ったという話が極楽橋の由来に対しての下馬橋…。
ちょっと後出しじゃんけんぽいネーミングです。

まあ見てお通り、用水路に架けられた橋です。
車で走っていると、橋の感じは一切ありません。
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この用水路はいつの時代からあるのでしょうか?
用水路になる以前も小川があったのかもしれませんね。

お殿様が通ったとされる時代にどうだったかはわかりませんが、
まあこの辺で馬降りたということなのでしょう。


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橋から正面に香取稲荷神社があります。
こちらが参道になりますね。
まっすぐな道の突き当りに神社があるという光景はよく見ます。
後付け道路が横に伸びているという感じでね。

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反対側は田んぼです。
手前のガードレールが下馬橋になります。

ちなみに、この道は那珂川沿いを進む、今の県道174号小泉水戸線の旧道になります。
なのでこちらが本来の街道筋になります。

これにて地獄極楽ウォーキング、了?。


水戸市東大野 2016年8月

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by ta-tanchi | 2017-08-15 08:27 | 道路・鉄道 | Comments(0)

地獄橋と呼ばれていた 境橋

渋井町緑地そばには境橋があります。
手前側左が渋井町、見切れている道路の右側が西大野、
対岸が吉沼町となってます。まさしく町堺!
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またまた「水府異聞」からになりますが、
地獄橋と呼ばれた新川に架かる「境橋」とあります。

「徳川時代、罪人の死者、および無籍の死者を葬りし所にて、
葬り方が粗末なる故、時々露出し、犬の引きズリ出す等の事あり、
惨状甚だしく、見る者戦慄して、地獄橋と名づくに至る。
明治維新後は橋の位置も変え、
渋井、吉沼間に架せしを以って境橋と称するに至れり。」

と、昭和2年刊行の東茨城郡誌に記されているとのことです。

ってことは、この境橋のある場所じゃないってことですよね?
どこにあったんだろう地獄橋・・・。


江戸時代なんて橋の名前なんて俗称でしょうからね。

新川の下流には、こんな地獄橋ができるずっとずっと前から極楽橋
が存在していますが、
それに対する対義語的な意味合いはなかったでしょう。

一応この辺りを、地獄極楽ウォーキングのなかの、
渋井町緑地をはじめ、地獄のエリアとしてあります。

「水府異聞」によると、そして橋を渡ったところにある茂みが
磔場跡だそうです。

江戸時代の橋の位置が違ったのであればこれは当てはまることなのかな?

なんだか頭の中モヤモヤしてきました。

ってことでその磔上跡は本物か?につづく

水戸市渋井町 吉沼町 2016年6月







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by ta-tanchi | 2017-07-23 06:02 | 道路・鉄道 | Comments(0)

大手門建設の仮設歩道ほか

前回は、大手門建設のため、
大手橋が通行止めになったよという話
を書きました。
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今回はその続きです。
大手門を作る場所は囲いが出来ております。

道がふさがれる前の仮設歩道だけのもの、
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そして、その前の大手門発掘時の写真です。
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ちょうどこの場所に大手門を作るわけです。
城下町特有の枡形をもう俯瞰することはできなくなってしまいました。

さて、このたび出来た木道を通ってみます。
水戸二中、茨大の付属幼稚園と付属小学校、水戸三高、水戸一高への通学路ですね。
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歩いていくと・・・
??

階段の木が弱くて結構たわみます。
階段の裏の梁が中央付近に1本のみで強度に難があります。
このままだと、だれか踏み抜くのではと心配です。
この階段、31年秋まで約2年ちょっと使うわけですから、
このままの状態でいいのでしょうか?

構造設計は大丈夫なのでしょうか?
家庭レベルでもこういう感じで作ってもらっても
施工業者にクレーム入れますよ。


壊れてからでは遅いです、
早いうちに手を打ってほしいです

階段に使われている木材も安材な感じなので、
2年持たないなんてことはありませんよね?

上るとこんな感じです。
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上からも大手門になるところを俯瞰したところです。
この角度からの景色は新鮮です。
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反対側。

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土塁が続きます。これ二中山脈ですよね。
徳川以前からある土塁なんでしょうか?

仮設歩道からみるこの風景はグッときましたよ。
普段は見れないわけですからね。
大手門が出来ると、ここに土塀が出来るようです。
大手門は百歩譲っても、土塀はいらないと感じました。

期間限定の説明案内板がほしいと感じました。
ただ仮設歩道で往来がある中立ち止まるのは良くないか・・・。

こういう、城郭の遺構があるだけで十分ではないでしょうか?
それだけで魅力だと思いますよ。
眠っているものも説明があったりするだけでいいよね。

突然わけのわからない贋物の門とか作っちゃって
夏になるとライトアップに群がる虫によって汚らしく見える、

なんだかずれてません??

話は戻ります。
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水戸二中と付属小学校前へ。

早速歩道の掘り返しが行われておりました。
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何のために?と思ってましたが、
道路が通り抜けできなくなるので、
ここに回転場を作るみたいです

そしてその先、
発掘調査そして歩道の拡幅、電線の地下埋設工事してました。
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ほじくり返した地面だってそんなに時間たっていないですよね。


市民会館で騒いでいる方々は、こちらに対しては寛容なんですね。
まあ全くの別問題ですけど。

水戸市三の丸 2017年5月6月 2015年9月 








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by ta-tanchi | 2017-06-16 08:31 | 道路・鉄道 | Comments(0)

大手橋の車両通行止

平成29年6月1日から、
水戸城大手門復元整備工事着工に伴い、
大手橋から水戸二中と付属小学校校門間が車両通行止めとなりました。

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工期は平成31年9月9日までです。結構かかりますね。
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イメージ写真で行くとこんな風になるようです。
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大手門に関しては
まあ、正直いるのか、いらないのかと言われれば、
車両通行止めとなると不便になるなあと思う次第です。

でも、どっちでもいいです。

それから三の丸ホテル裏に駅から見えるように、二の丸角櫓も作っちゃうんだって。
茨城国体までに完成させる模様。

歴史的景観を作れば人が来るという発想なんでしょうけど、
本物の弘道館があればほかのものなんて
ジオングの足のようなもののような気も・・・。

「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。」

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橋を渡ると、こんな感じです。
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大手橋を作る道路は囲いができております。
そしてその横に歩行者通路ができてました。


ここの向かいの大手橋の上には、
自転車は通行できませんと書かれているのに
自転車置き場??なの?
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と思ったら、
ベビーカー置き場ですって。
???
付属幼稚園向けにでしょうか?
真意はわかりません。

歩行者通路の様子は次回へ続きます。

水戸市三の丸 2017年6月






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by ta-tanchi | 2017-06-14 08:49 | 道路・鉄道 | Comments(0)

第一石川踏切跡


常磐線の岡田踏切第三常磐陸橋との間には、かつて踏切がありました。
その名は第一石川踏切。

現在近くに跨線橋がありますので、それが完成して役目を終えたのでしょう。

東赤塚側からの訪問でず。
近づいていくと線路の向こう側にも道が見えますね。
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遺構は残っているのでしょうか?
フェンスのちょうど踏切があったであろう場所に保線用の出入り口が見えます。
この辺りがきっと踏切の入り口ですね。

線路際まで来ると、向こう側に石の車止めがあるのが見えました。
ただし線路の左右には踏切の道路部分はありませんね。
手前側は判りにくいですが、枕木を使った階段になってます。

岡田踏切同様、自動車は渡れず、
自転車や歩行者のための踏切だったみたいですね。
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そんな中、「第一石岡JB」と書かれた近くの線路内の箱状の物がありました。
JBは、何の略なのでしょうか?
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そのまま線路は渡れませんので、ぐるっと回って反対側(姫子側)を見に行きます。

路地を入っていきます。
ここに踏切があった感じには見えませんね。
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線路際までやってくると、踏切の面影を強く感じますね。

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反対側は前出のように枕木の階段です。
もともとこうだったとは思えず姫子側同様、車止めがあったのでしょう。

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この忘れ去られた踏切跡は、いつぐらいに廃止されたのでしょうか?
私が知る限り1996年のゼンリン地図には記載されているのを確認しております。

水戸市東赤塚 姫子 2016年10月





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by ta-tanchi | 2017-05-16 18:10 | 道路・鉄道 | Comments(0)

岡田踏切(常磐線)

水戸駅(偕楽園駅)と赤塚駅の間には、3か所に踏切があります。
古くは、偕楽園や桜山、常磐大学の所などにもありましたが、廃止されております。

今回紹介する岡田踏切は、残った踏切の一つです。
東赤塚アパート側から訪問しました。
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アパートを過ぎると、常磐線が見えました。

道幅見てもらった通りの状態で、
自動車の通行はできる幅はありませんので、
自動車は通れません。

2輪でもスピードが落として通るように、柵があります。
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写真を撮っていると、すぐまた踏切が鳴ります。

ときわ66号がやってきました。
こんな感じです。


列車が通過していよいよ渡ります。

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年季の入った柵ですね。
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水戸駅方向は緩い下り坂。
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赤塚方向は緩い上り坂です。

撮影中自転車の往来がありました。
そうこうしていると、また踏切が鳴りだしました。
今度は渡り切った側からの列車通過を見てみましょう。


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味のある踏切ですね・・・。

この岡田踏切は、廃止される可能性が高いです。
というのは都市計画道路がこの踏切の真上で
常磐線を橋梁でクロスする予定だからです。

赤塚方向の写真の左側の法面方向から
上の写真の右側の空き地にわたって道路が伸びます。

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道を進んで振り返ったところ。
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県道177号赤塚馬口労線、昔の笠間街道に出ます。
ちょうどこの辺りにあるJRバスのバス停名は「岡田」です。
今の地名は姫子ですが、岡田は旧地名なんでしょう。

 水戸市東赤塚、姫子 2016年7月

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by ta-tanchi | 2017-05-04 12:37 | 道路・鉄道 | Comments(0)

茨大前営業所で見つけた車輪とレール

茨城交通茨大前営業所から初めてバスに乗りました。
バスを待っているときに、ふと目の前の門扉に目が行きました。
ん?

車輪じゃん。

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これって、鉄道用の車輪じゃないの?
ここはかつて駅だった場所。
アリかもしれません!


そして門扉のレール見ると・・・

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鉄道用のレールですよね???

レールは廃品利用しているのでしょうね。
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門扉の反対側に行くと、車止めもありました。
門扉をしばらく動かした形跡がなく土に埋もれているレールです。

水浜電車なり、茨城交通茨城線か何かに使われていた車両の車輪と考えたいのですが、
軌間が狭すぎますよね?

どこかからナーローゲージの車輪持ってきたって考えたほうが妥当ですよね。

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ちょうどバスが入ってきたので大きさはこんな感じです。

営業所内では、イベントがあって、
子どもの頃よく走っていた古いバス(左)も見ることが出来ました。

特にバスマニアではないですけど、
利用者としての愛着がありますね。
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バス沢山です。はい。
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車庫だから、当たり前か(笑)。

水戸市袴塚 2017年4月


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by ta-tanchi | 2017-04-17 00:41 | 道路・鉄道 | Comments(0)

第3常磐陸橋

第3常磐陸橋は、赤塚駅から水戸駅方面にある最初の跨線橋の名称です。

名前がなかなかわからなかったのですが、最近知ることが出来ました。
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写真は、赤塚駅東側の踏切から見た第3常磐陸橋です。
特急電車の上のところですよ。


踏切のすぐ近くの歩道橋で、
車も自転車も通ることができないわけで、正直どのくらい必要性があるのか?
という気もします。
どのくらいの利用者がいるのでしょうか?


この橋は、もう50年以上前に造られた橋です1964年に完成しました。

人伝の話となりますが、
それまでは、遮断機もなく車が1台通れるか位の小さな踏み切りがあったようです。
昭和30年から40年初め頃にかけては旧市内の人口増加により、
旧水戸市と旧見和村、旧赤塚村、旧河和田村、旧見川村がそれぞれ合併を行い、
新たに水戸市のベットタウン構想を目的に、今の水戸市見和に、御殿山団地や市営見和団地が、
また今の水戸市河和田に、市営河和田団地などがそれぞれ造成されました。

そんな時期に踏み切りで急行列車(SL?)と自動車の衝突事故があって、
当時としては珍しくテレビ報道もされた大きな事故があったそうです。
当時から同じような場所に線路を越境するためのガス管が通っていて(現在は使用されていません)、
衝突事故の影響を考慮し、そのガス管に隣接するように踏み切りから陸橋へとすぐに替わったそうです。

それでは見ていきましょう。
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南側の階段です。左側の銀色の配管がガスなのでしょうか?
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錆びるままペンキも塗られることもない欄干と
年季の入ったコンクリートのコントラストで、うら寂しさを増幅させております。
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跨線橋の上はこんな感じで舗装されております。

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赤塚方面、電車がすれ違っているあたりが水戸街道踏切です。

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水戸方面、緩やかな下り勾配になっております。
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渡り切って北側の階段になります。


ちょうどこの北側のこ線橋に続く道をまっすぐ行くと、飯綱神社に突き当たります。
ということは、この道路は神社の参道ですね。
そうなると常磐線ができる前からある道路だったと考察します。


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またまた南側に戻ると、空き地の一角に、大正時代のものですが庚申塔があります。

水戸市姫子、東赤塚 2016年10月


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by ta-tanchi | 2017-04-01 22:45 | 道路・鉄道 | Comments(0)