みとぶら

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カテゴリ:道路・鉄道( 72 )

銀杏坂の黄葉 2017

銀杏坂にある大銀杏は、ライトアップされているのですね。
今までもきっとしていたのでしょうけどノーチェックでした。
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銀杏坂の銀杏って不思議で、
郵便局側ではもう銀杏は散っていて、下のほうは今が見頃。
黄葉が変わるほどそこまで高低差ないよ~。
不思議です。

水戸市三の丸 宮町 2017年11月





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by ta-tanchi | 2017-12-01 16:59 | 道路・鉄道 | Comments(0)

滝下橋の由来ってなんだろう? 

滝下橋。
市道見川116号、桜川に架かる橋です。
市道番号言われても・・・どこだかわからないですよねえ。
桜山から見川神社前を通って小吹に向かう道の桜川に架かる橋の名前です。
この記事書きかけで、信号待ちで市内のバス見てたら
どこ行きかは忘れましたが、バスの経由地に滝下橋と書いてあるのありますね。
メジャーな場所なのかな?
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桜川は河川改修が行われて、川幅も広く大水になったときの遊水地が広がっております。

下の写真は、下流方向で水量が増えたら流れ込むようになっております。
写真はパノラマ合成です。

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この一帯は桜川緑地と呼ぶようです。

上流側は河川改修でまっすぐ伸びております。
ちなみに千波湖からここまでは歩道(自転車道)が整備されております。
高校生がイヤホンをしながら自転車を結構飛ばして通るので、
ちょっと危ない感じがあります。
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というところにある橋の名前の由来が分かりません。
滝下橋
滝なんて近くにないようですし・・・
昔は滝があったのでしょうか?
それとも滝が近くにあって私が知らないだけなのかな?

と、書きかけでしばらく下書きとして置いときました。

先日、その滝と思われるものがわかりました。

つづく


水戸市見川 2016年4月


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by ta-tanchi | 2017-10-01 07:03 | 道路・鉄道 | Comments(0)

大場村道路元票

大場村道路元票

大場村は昭和30年まで存在し、その後常澄村になりそして平成4年に水戸市になりました。
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道路元標(どうろげんぴょう)とは道路の起終点を示す標識です。
ですので、大場村時代は、ここを基準に街道や枝道の距離を測定したようですよ。

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今は草叢にぽつっと残っているのですが、
これは大場村役場があったところにあったようです。
その後農協の支所となりその後にも建物は転用されたようです。

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建物の入口の左側にあるのが道路元票です。

しばらく前に通ったら、この建物は存在せず、太陽光発電のパネルを設置しておりました。


水戸市大場 2011年8月

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by ta-tanchi | 2017-09-18 09:10 | 道路・鉄道 | Comments(0)

大手門建設の仮設歩道 その後

大手橋の仮設歩道の階段強度が弱くて踏み抜きそうだってネタを、
階段が出来て早々に載せました。

先日行ってみると、階段部分はコンクリートになってました。
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滑らず、硬いし、安全になりました。
最初から強度を上げた状態で作ればよかったのにね。
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8月20日現在の大手門の予定地です。
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弘道館側には、ようやく高校生用の自転車置き場が出来てました。
階段を持ち上げて通っていましたからね。

ただ、ここから一高や三高までは距離があります。
どのくらいの利用者がいるのかな?
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水戸市三の丸 2017年8月






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by ta-tanchi | 2017-08-21 07:06 | 道路・鉄道 | Comments(0)

旧道入口

前回、地獄極楽ウォーキング最終回として、下馬橋を紹介しました。

その際に、下馬橋が架かる道が昔の湊街道、
今でいう県道174号小泉水戸線にあたりますと最後に記載しました。

そのまままっすぐ旧道をひたすら進むと、
下大野で旧道と那珂川沿いを進む新道は合流します。
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そこのバス停名は、旧道入口です。
実のところ私は、旧道だってことを知ったのはこのバス停のおかげです。

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三叉路になっている右側が旧道です。
旧道は、古い民家が並んでいるので街道の面影がありますよ。

水戸市下大野 2016年9月


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by ta-tanchi | 2017-08-17 06:52 | 道路・鉄道 | Comments(0)

下馬橋

下馬橋。
極楽橋の由来の伝説に由来する橋です。

昔、香取稲荷を前にして殿様の馬が急に進まなくなってしまい
下馬したというお話があるからです。
そして歩いてきたところ、極楽橋のあたりで馬に乗ることが出来、
「あ~,極楽,極楽」と言ったという話が極楽橋の由来に対しての下馬橋…。
ちょっと後出しじゃんけんぽいネーミングです。

まあ見てお通り、用水路に架けられた橋です。
車で走っていると、橋の感じは一切ありません。
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この用水路はいつの時代からあるのでしょうか?
用水路になる以前も小川があったのかもしれませんね。

お殿様が通ったとされる時代にどうだったかはわかりませんが、
まあこの辺で馬降りたということなのでしょう。


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橋から正面に香取稲荷神社があります。
こちらが参道になりますね。
まっすぐな道の突き当りに神社があるという光景はよく見ます。
後付け道路が横に伸びているという感じでね。

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反対側は田んぼです。
手前のガードレールが下馬橋になります。

ちなみに、この道は那珂川沿いを進む、今の県道174号小泉水戸線の旧道になります。
なのでこちらが本来の街道筋になります。

これにて地獄極楽ウォーキング、了?。


水戸市東大野 2016年8月

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by ta-tanchi | 2017-08-15 08:27 | 道路・鉄道 | Comments(0)

地獄橋と呼ばれていた 境橋

渋井町緑地そばには境橋があります。
手前側左が渋井町、見切れている道路の右側が西大野、
対岸が吉沼町となってます。まさしく町堺!
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またまた「水府異聞」からになりますが、
地獄橋と呼ばれた新川に架かる「境橋」とあります。

「徳川時代、罪人の死者、および無籍の死者を葬りし所にて、
葬り方が粗末なる故、時々露出し、犬の引きズリ出す等の事あり、
惨状甚だしく、見る者戦慄して、地獄橋と名づくに至る。
明治維新後は橋の位置も変え、
渋井、吉沼間に架せしを以って境橋と称するに至れり。」

と、昭和2年刊行の東茨城郡誌に記されているとのことです。

ってことは、この境橋のある場所じゃないってことですよね?
どこにあったんだろう地獄橋・・・。


江戸時代なんて橋の名前なんて俗称でしょうからね。

新川の下流には、こんな地獄橋ができるずっとずっと前から極楽橋
が存在していますが、
それに対する対義語的な意味合いはなかったでしょう。

一応この辺りを、地獄極楽ウォーキングのなかの、
渋井町緑地をはじめ、地獄のエリアとしてあります。

「水府異聞」によると、そして橋を渡ったところにある茂みが
磔場跡だそうです。

江戸時代の橋の位置が違ったのであればこれは当てはまることなのかな?

なんだか頭の中モヤモヤしてきました。

ってことでその磔上跡は本物か?につづく

水戸市渋井町 吉沼町 2016年6月







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by ta-tanchi | 2017-07-23 06:02 | 道路・鉄道 | Comments(0)

大手門建設の仮設歩道ほか

前回は、大手門建設のため、
大手橋が通行止めになったよという話
を書きました。
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今回はその続きです。
大手門を作る場所は囲いが出来ております。

道がふさがれる前の仮設歩道だけのもの、
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そして、その前の大手門発掘時の写真です。
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ちょうどこの場所に大手門を作るわけです。
城下町特有の枡形をもう俯瞰することはできなくなってしまいました。

さて、このたび出来た木道を通ってみます。
水戸二中、茨大の付属幼稚園と付属小学校、水戸三高、水戸一高への通学路ですね。
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歩いていくと・・・
??

階段の木が弱くて結構たわみます。
階段の裏の梁が中央付近に1本のみで強度に難があります。
このままだと、だれか踏み抜くのではと心配です。
この階段、31年秋まで約2年ちょっと使うわけですから、
このままの状態でいいのでしょうか?

構造設計は大丈夫なのでしょうか?
家庭レベルでもこういう感じで作ってもらっても
施工業者にクレーム入れますよ。


壊れてからでは遅いです、
早いうちに手を打ってほしいです

階段に使われている木材も安材な感じなので、
2年持たないなんてことはありませんよね?

上るとこんな感じです。
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上からも大手門になるところを俯瞰したところです。
この角度からの景色は新鮮です。
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反対側。

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土塁が続きます。これ二中山脈ですよね。
徳川以前からある土塁なんでしょうか?

仮設歩道からみるこの風景はグッときましたよ。
普段は見れないわけですからね。
大手門が出来ると、ここに土塀が出来るようです。
大手門は百歩譲っても、土塀はいらないと感じました。

期間限定の説明案内板がほしいと感じました。
ただ仮設歩道で往来がある中立ち止まるのは良くないか・・・。

こういう、城郭の遺構があるだけで十分ではないでしょうか?
それだけで魅力だと思いますよ。
眠っているものも説明があったりするだけでいいよね。

突然わけのわからない贋物の門とか作っちゃって
夏になるとライトアップに群がる虫によって汚らしく見える、

なんだかずれてません??

話は戻ります。
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水戸二中と付属小学校前へ。

早速歩道の掘り返しが行われておりました。
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何のために?と思ってましたが、
道路が通り抜けできなくなるので、
ここに回転場を作るみたいです

そしてその先、
発掘調査そして歩道の拡幅、電線の地下埋設工事してました。
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ほじくり返した地面だってそんなに時間たっていないですよね。


市民会館で騒いでいる方々は、こちらに対しては寛容なんですね。
まあ全くの別問題ですけど。

水戸市三の丸 2017年5月6月 2015年9月 








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by ta-tanchi | 2017-06-16 08:31 | 道路・鉄道 | Comments(0)

大手橋の車両通行止

平成29年6月1日から、
水戸城大手門復元整備工事着工に伴い、
大手橋から水戸二中と付属小学校校門間が車両通行止めとなりました。

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工期は平成31年9月9日までです。結構かかりますね。
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イメージ写真で行くとこんな風になるようです。
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大手門に関しては
まあ、正直いるのか、いらないのかと言われれば、
車両通行止めとなると不便になるなあと思う次第です。

でも、どっちでもいいです。

それから三の丸ホテル裏に駅から見えるように、二の丸角櫓も作っちゃうんだって。
茨城国体までに完成させる模様。

歴史的景観を作れば人が来るという発想なんでしょうけど、
本物の弘道館があればほかのものなんて
ジオングの足のようなもののような気も・・・。

「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。」

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橋を渡ると、こんな感じです。
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大手橋を作る道路は囲いができております。
そしてその横に歩行者通路ができてました。


ここの向かいの大手橋の上には、
自転車は通行できませんと書かれているのに
自転車置き場??なの?
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と思ったら、
ベビーカー置き場ですって。
???
付属幼稚園向けにでしょうか?
真意はわかりません。

歩行者通路の様子は次回へ続きます。

水戸市三の丸 2017年6月






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by ta-tanchi | 2017-06-14 08:49 | 道路・鉄道 | Comments(0)

第一石川踏切跡


常磐線の岡田踏切第三常磐陸橋との間には、かつて踏切がありました。
その名は第一石川踏切。

現在近くに跨線橋がありますので、それが完成して役目を終えたのでしょう。

東赤塚側からの訪問でず。
近づいていくと線路の向こう側にも道が見えますね。
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遺構は残っているのでしょうか?
フェンスのちょうど踏切があったであろう場所に保線用の出入り口が見えます。
この辺りがきっと踏切の入り口ですね。

線路際まで来ると、向こう側に石の車止めがあるのが見えました。
ただし線路の左右には踏切の道路部分はありませんね。
手前側は判りにくいですが、枕木を使った階段になってます。

岡田踏切同様、自動車は渡れず、
自転車や歩行者のための踏切だったみたいですね。
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そんな中、「第一石岡JB」と書かれた近くの線路内の箱状の物がありました。
JBは、何の略なのでしょうか?
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そのまま線路は渡れませんので、ぐるっと回って反対側(姫子側)を見に行きます。

路地を入っていきます。
ここに踏切があった感じには見えませんね。
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線路際までやってくると、踏切の面影を強く感じますね。

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反対側は前出のように枕木の階段です。
もともとこうだったとは思えず姫子側同様、車止めがあったのでしょう。

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この忘れ去られた踏切跡は、いつぐらいに廃止されたのでしょうか?
私が知る限り1996年のゼンリン地図には記載されているのを確認しております。

水戸市東赤塚 姫子 2016年10月





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by ta-tanchi | 2017-05-16 18:10 | 道路・鉄道 | Comments(0)