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カテゴリ:寺社( 60 )

香取稲荷神社(東大野)

東大野の端の森に位置するのが香取稲荷です。
この香取稲荷は格式?があったようです。

極楽橋の由来の言い伝えでは、
昔,馬に乗っていた殿様の馬が神社を前に急に進まなくなってしまい
下馬し歩いてきたところ、極楽橋あたりで馬に乗ることが出来、
「あ~,極楽,極楽」と言ったとか…っていうことを記載しました。

先日、地元の方からお話をいただきました。
お殿様が乗馬していて、今回紹介する香取神社の敷地では
下馬しなくてはならなく、新川のあたりで乗馬できて
ああ極楽~という話でした。

ということで、極楽つながりの神社です。


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参道が長いです。
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うっそうと茂った森の中を行くように見えますが、
両サイドの木々の幅はそう広くありません。


赤い鳥居の奥にもうひと鳥居があります。
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さらに進んでいくと、鳥居があったであろう痕跡が残っております。
その先には、表情の違う狐の狛犬がたくさん並んでおります
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今は細長い敷地ですが、
昔は敷地がかなり広かったんでしょうね。

東大野をはじめとしたこの近くには香取神社がいくつかあります。
ウィキペディアを見ると香取神社の分布圏は
10世紀以降に開拓された、元は低湿地だった土地であると書かれております。
大変興味深いところです。

次で地獄極楽ウォーキングラストです。

水戸市東大野 2016年6月 






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by ta-tanchi | 2017-08-10 07:21 | 寺社 | Comments(0)

極楽の水神さん

ツアーで回った地獄極楽ウォーキングからは外れた内容になりますが、
地元での極楽の由来の地までを追っていきます。

極楽橋から新川の河口に向かって歩いていくと、
橋から間もなくの場所に大きな木と鳥居があります。
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ちょうど見ていたら、犬の散歩をしている方がいたので声をかけてみました。

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この鳥居はどういうものなのか聞いてみると
水神様を祀っているそうです。

昔水害になって流されてきた子どもがこの木にしがみついて助かったんだそうです。
そんなことがあってここに小さい祠を建立したとか・・・

話をしている間、犬に足をペロペロなめられました(笑)。
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震災で鳥居が壊れたのでしょうか?
現在のものは塩ビ管のようです。

水戸市吉沼町 2016年6月




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by ta-tanchi | 2017-08-04 08:23 | 寺社 | Comments(0)

鹿島神社(渋井町)と新川

頭無地蔵尊、那珂川旧河道を見た後は、渋井の微高地を進みます。
そして鹿島神社へ。

その鹿島神社は新川沿いにあります。

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鳥居がありますが、震災で被災して新しい鳥居が建てられました。
 元の鳥居は「井坂直幹」によって作られました。
井坂直幹といってピンとくる水戸の人はどれだけいるのでしょうか?
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壊れた鳥居がオブジェのように並び、そこに井坂直幹の説明が載っております。
このあたりの国道51位号線に近いところで生まれ、
秋田県能代市で木材産業に機械製材を採用し、
秋田の木材生産に多大なる富をもたらした人物です。

ちなみに、能代市には、井坂街区公園があり、
そこには、井坂直幹に関する資料を展示した井坂記念館があります。
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その鳥居の残骸の横には、
やわらかい石でできている手水なのかな?風化が進んでおります。
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この鹿島神社は、元は鹿島明神と羽黒明神があったのを、
光圀が今の場所に合祀したようです。
その名残で、羽黒神社の信仰として口や歯の病で詣でる人が多かったようです。
また鉄漿(おはぐろ)と羽黒つながりで婦人の信仰も厚く、
安産祈願も多かったとのことです。
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神社は、ちょっと土地の高いところに建てられているようで、
神社の裏は自然堤防な感じが色濃いです。
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備前堀は千波湖の水位を下げるために1610年に着工された放水路ですが、
機能的には十分ではなくしばしば氾濫しました。
そのためにさらに放水路として、1701年に新川は開削されました。
ただ開削といっても、水の流れが真直ぐじゃないので、
自然の流れを多く利用したと思われます。
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新川の上流側は備前堀からこの辺りまで河川を開削、新田開発したようにも感じます。
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この先は旧河道の低地を利用して新川は流れております。

水戸市渋井町 2016年6月




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by ta-tanchi | 2017-07-10 07:20 | 寺社 | Comments(0)

福徳弁財天

湊街道(県道174号小泉水戸線)、
茨城交通の浜田営業所横の国道6号線を越えた1本目の路地の突き当りに、
福徳弁財天があります。
福に徳がある弁天なんてものすごく縁起がいい名前ですよね!!。

別名 地名から頭無(かしらなし)弁天 とも呼ばれてもいるようです。
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車では幾度となく入口前を走っているときには、気が付きませんでした。

写真の道は弁財天までの参道です。
昭和20年代は、この参道の両脇には桜が植わっていたそうです。

進んでいくと福徳大弁財天の石碑があります。
手前は馬頭観音とかです。
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弁財天のご利益は、商売繁盛、財福、子孫繁栄、芸術などがありますね。
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鳥居横には石仏がまとめられております。
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中には女人講中の石碑もあります。


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鳥居をくぐると橋があり、お堂があります。

境内は森のようにも見えますが、
かつては暗くなるほどの森となっていて、
池は深くて豊かな水をたたえていたそうです。
現在は水もなく空堀のようになってます。
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お堂は近年立て直されております。

福徳弁財天の由来ですが、
城東蓮池にあった弁財天の寺社が
矢田の羅漢寺へ移転?
羅漢寺が廃寺になって渋井のこの地へ来た?
という説と、

教育委員会の石碑に書かれている説である、

浮島延忠の夢枕に美女が現れ、鹿島明神に参詣するようお告げがあり、
行くと、弁財天像があったので頂いて寺を建立したという説があります。


浮島太夫延忠にまつわる伝説として、
平将門の子である、平将国が
信田郡浮島に落ち延びた伝説と関係しているのかもしれません。

上手くまとめられないのですが、平家の伝説はいろいろなところにあります。

この福徳弁財天がある渋井は、
昔は信田尻村と呼ばれておりました。

信田郡の浮島という地名、信田尻村の浮島延忠の話、
信田と浮島というキーワードが重なります。

つながっているかもしれませんよね。
歴史ロマンのお話です。

また、以前は弁財天の裏には墓地がありました。
その墓地には正歴寺の僧侶の墓石もあったので
弁財天の地には正歴寺というのがあったかもということのようです。
その中に弁財天があったということも考えられますね。
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お堂を囲う池に水がたまることはもうないのでしょうか?

弁財天の裏側の話につづく

水戸市渋井町 2016年6月


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by ta-tanchi | 2017-06-21 08:03 | 寺社 | Comments(0)

神崎寺には石仏めぐりの道があった模様

天王町の神崎寺は古くからあるお寺です。
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今回紹介するのは、お寺入って右側に進んだところにある
石仏群です。
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石仏群の先には西の谷の斜面に続く道の痕跡があります。
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そして少し離れたところにも、道の跡が・・・。
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2月で、草木の枯れた季節でもちょっと進める感じはしません。
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この道は、以前石仏めぐりの回遊路として整備されていたようです。
八十八ヶ所巡りを模しているとも(未確認)・・・

西の谷から神崎寺側の斜面を見ると、
ところどころに石仏があるのが確認できます。
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こんななにも無さそうなところを目を凝らすと
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石仏があります。
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下の写真は、以前紹介した石仏です。
ブログ初期に西の谷のかくれた石仏 という記事を載せたものも
神崎寺の石仏めぐりの小径上にあったもののようです。

なんとなくの想像ですが、
この小径は、神崎寺から西の谷に降りるための古道を利用しているのかもしれません。
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早起きをして、情報を仕入れ、この道の存在を知ったわけですが、
こういう埋もれたネタってきっとマチナカにはまだまだあると思うのです。

残念ながら石仏めぐりの小径は整備されることは無いのかな?


水戸市天王町 2015年9月 2016年2月


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by ta-tanchi | 2017-05-27 07:19 | 寺社 | Comments(0)

飯綱神社(いづなじんじゃ)

前出の第3常磐陸橋の先を進むと、正面に飯綱神社の鳥居が見えます。

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突き当りではなく、道路は神社を迂回して続いております。
神社に続く道って、
こんな感じのところは多く見かけますね。

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今でこそ飯綱神社には大木があります。
この辺りが住宅地になる前はきっとこんな大木が沢山茂っていたのでしょう。

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飯綱神社は、赤塚村の鎮守でした。

もともとは八幡宮でしたが、
光圀の八幡改めのため無くなりましたが、
元禄9年、飯綱権現(いづなごんげん)を祭る社として復活しました。


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稲荷神社と素鵞神社もあります。

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水戸市東赤塚  2016年10月 




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by ta-tanchi | 2017-04-27 09:54 | 寺社 | Comments(0)

鷲神社

旧6号、サントル千波の先を進むと
左手に鷲神社が見えます。
しだれ桜が目を引きます。
ずっと気になっていたので、見に行きました。
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綺麗です。
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自転車で通りかかる人たちも立ち止まって見ていきます。

以前は鬱蒼とした木々の中に参道続いていたようでしたが、
伐採され、正直趣がなくなってしまいました。
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鳥居をくぐると摂社の三峰神社と素鵞神社、神輿がならび、その先に社殿があります。
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社殿は、年季が入った建物ではありません。

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その所以、鷲神社について、社殿の右側の石碑に記載されておりました。

千波湖岸高台に鷲下の地名が現存する、
(高台だけど鷲下?、どのあたりなのかな?)
平安時代後期すでに拂沢(払沢)集落があり、鷲神社はその住民の氏神として創建されたであろう、
徳川光圀の城下整備策によってこの集落の住民は笠原への移住を命ぜられ、神社も移った、
開墾地は拂沢新田と命名された、
烈公徳川斉昭のときに、千波村に合併されかつての地はその中の富澤坪十一軒坪と称された、
鷲神社は明治三年本神社は千波村の鎮守子安神社境内に遷されたが、
鷲神社氏子による復社請願が承認され明治十四年現在地に遷座されることとなった、
その後明治三十八年三月笠原官林に発した大火により社殿は類焼、
昭和二年社殿を改築、
その後七十余年を経て社殿修理の時期を迎え、
新県庁?の用地買収補償を主財源とし本殿拝殿等の工を竣えた、(平成11年?)

といったような内容です。
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ちなみに訪問時、県庁周囲の桜はまだ2分咲きでした。

水戸市千波町 2017年4月


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by ta-tanchi | 2017-04-07 00:32 | 寺社 | Comments(0)

日吉神社(千波町)

千波小学校の南側に、日吉神社があります。

ここは大きな桜の木があります。
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ちょっと訪問時は天候が悪かったのですが、雰囲気だけでも・・・

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晴れていればもっと素敵なんでしょうね。
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神社前の千波小学校の桜もきれいです。
桜の花舞い上がる坂道です。
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水戸市千波町 2016年4月

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by ta-tanchi | 2017-04-05 00:54 | 寺社 | Comments(0)

吉田神社その4

吉田神社には沢山の摂社があります。
本殿の裏にもありましたが、写真は拝殿の左手側にあるものです。
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左側の神社入り口は、昭和七年日支事変 凱旋記念 下市出征軍 と彫られてました。
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神社にはこういうようなものを時たま見かけます。

この入り口を抜けると、趣の変わった小径があります。
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進むと台地から降りる階段があります。
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この道は西参道というようです。
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水戸市宮内町 2014年9月

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by ta-tanchi | 2017-03-22 18:07 | 寺社 | Comments(0)

吉田神社その3

社務所から随神門を抜けるとそこに拝殿があります。
随神門の写真撮り忘れてしまいました。
門には邪悪なものが本殿に入り込まないように二神の像があります。
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鈴(ガラガラ)がぶら下がり、
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その奥に、常陸 第三宮 の扁額あります。
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水瓶の奥は神楽殿だそうです。
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裏に回ると本殿があります。
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特に蘊蓄はありませんのでさらりと紹介だけです( ^^)

随神門の写真撮り忘れてしまいましたが、二神が撮影しておりました。
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水戸市宮内町 2014年9月 つづく

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by ta-tanchi | 2017-03-20 07:42 | 寺社 | Comments(0)