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鹿島神社(渋井町)と新川

頭無地蔵尊、那珂川旧河道を見た後は、渋井の微高地を進みます。
そして鹿島神社へ。

その鹿島神社は新川沿いにあります。

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鳥居がありますが、震災で被災して新しい鳥居が建てられました。
 元の鳥居は「井坂直幹」によって作られました。
井坂直幹といってピンとくる水戸の人はどれだけいるのでしょうか?
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壊れた鳥居がオブジェのように並び、そこに井坂直幹の説明が載っております。
このあたりの国道51位号線に近いところで生まれ、
秋田県能代市で木材産業に機械製材を採用し、
秋田の木材生産に多大なる富をもたらした人物です。

ちなみに、能代市には、井坂街区公園があり、
そこには、井坂直幹に関する資料を展示した井坂記念館があります。
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その鳥居の残骸の横には、
やわらかい石でできている手水なのかな?風化が進んでおります。
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この鹿島神社は、元は鹿島明神と羽黒明神があったのを、
光圀が今の場所に合祀したようです。
その名残で、羽黒神社の信仰として口や歯の病で詣でる人が多かったようです。
また鉄漿(おはぐろ)と羽黒つながりで婦人の信仰も厚く、
安産祈願も多かったとのことです。
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神社は、ちょっと土地の高いところに建てられているようで、
神社の裏は自然堤防な感じが色濃いです。
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備前堀は千波湖の水位を下げるために1610年に着工された放水路ですが、
機能的には十分ではなくしばしば氾濫しました。
そのためにさらに放水路として、1701年に新川は開削されました。
ただ開削といっても、水の流れが真直ぐじゃないので、
自然の流れを多く利用したと思われます。
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新川の上流側は備前堀からこの辺りまで河川を開削、新田開発したようにも感じます。
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この先は旧河道の低地を利用して新川は流れております。

水戸市渋井町 2016年6月




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by ta-tanchi | 2017-07-10 07:20 | 寺社 | Comments(0)