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旧 みとぶら

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渋井町の地名考察

国道6号線バイパス、茨城交通の浜田営業所そばの浜田十字路の東側、
福徳弁財天の参道の東側は渋井町です。

今回はこの「渋井」の地名について考えていきます。

鎌倉期には渋江という名はあったようです。
この時は信田尻村(信太尻村?)内の地名だそうです。
佐竹時代には渋井村です。

江を示すのは入江のことですね。
海や湖が陸地に入り込んだ地形のことです。
渋井町の地名考察_b0330744_08495537.jpg
治水地形分類図2007~2014年版を見てみます。
濃い青の横線はが旧河道です。
薄い緑が氾濫原野、濃い緑が氾濫後背湿地、
黄色は微高地(自然堤防)です。

上の図のちょうど真ん中の黄色の部分から
その下の旧河道とその周りの自然堤防の付近が渋井町です。

那珂川の旧河道域が入江となって湿地になっていたと考えます。

字のとおり、渋井を渋った水が井戸から出ている場所という解釈も有りますが、
「え」がなまって「い」になったと考えるのも筋が通っていませんか?
地形を読み取って書いているだけですので本当のところはどうなんでしょう?

ちなみに吉沼町は
ちょうどUの字になっている旧河道と那珂川の間の地名を言います。

名前の通り、大干ばつでも枯れることのない沼があり、
ヨシ(アシ)が多いことによると伝えられているようです。

渋井町の地名考察_b0330744_08494055.jpg
那珂川の旧河道を見ると、那珂台地と東茨城台地の間は堆積平野です。
那珂川の氾濫の繰り返しで、微高地である自然堤防と、
後背湿地が入り乱れております。





by ta-tanchi | 2017-07-08 07:01 | 旧町名 | Comments(0)