みとぶら

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赤沼牢屋敷跡

この碑が建っている辺りに、
赤沼牢屋敷がありました。
前出の旧桜川の河畔になります。

佐竹の時代にこの地に造成したといわれており、
明治2年に廃止されました。
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この地は、個人所有の土地で
昭和13年に慰霊碑を建立し。
昭和62年に「赤沼牢屋敷の由来記」が建てられました。
由来碑は老朽化で平成9年に再建されております。
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幕末における水戸藩内の天狗、諸生の争いによって
慶応元年(1865)天狗党の三木源八ほか19人は市内引き回しの上磔、
赤沼では天狗に属する20余人が斬首され、
敦賀で処刑された武田耕雲斎の家族たちも連座によって死刑となって、
妻とその子(9歳、3歳)や一族を斬首されたと言います。
諸生も同様に死罪になったものがいたそうです。

赤沼の由来は、この地に赤色の沼があったのでそう呼ばれたようです。
決して斬首の際に血が流れて赤沼と言われるようになったというようなことはありません。

笠原水道が引かれたのもこのあたりの渋水対策でもあります。


水戸市東台 2016年12月





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by ta-tanchi | 2017-06-08 06:53 | 記念碑、記念像系 | Comments(0)