みとぶら

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鷲神社

旧6号、サントル千波の先を進むと
左手に鷲神社が見えます。
しだれ桜が目を引きます。
ずっと気になっていたので、見に行きました。
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綺麗です。
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自転車で通りかかる人たちも立ち止まって見ていきます。

以前は鬱蒼とした木々の中に参道続いていたようでしたが、
伐採され、正直趣がなくなってしまいました。
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鳥居をくぐると摂社の三峰神社と素鵞神社、神輿がならび、その先に社殿があります。
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社殿は、年季が入った建物ではありません。

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その所以、鷲神社について、社殿の右側の石碑に記載されておりました。

千波湖岸高台に鷲下の地名が現存する、
(高台だけど鷲下?、どのあたりなのかな?)
平安時代後期すでに拂沢(払沢)集落があり、鷲神社はその住民の氏神として創建されたであろう、
徳川光圀の城下整備策によってこの集落の住民は笠原への移住を命ぜられ、神社も移った、
開墾地は拂沢新田と命名された、
烈公徳川斉昭のときに、千波村に合併されかつての地はその中の富澤坪十一軒坪と称された、
鷲神社は明治三年本神社は千波村の鎮守子安神社境内に遷されたが、
鷲神社氏子による復社請願が承認され明治十四年現在地に遷座されることとなった、
その後明治三十八年三月笠原官林に発した大火により社殿は類焼、
昭和二年社殿を改築、
その後七十余年を経て社殿修理の時期を迎え、
新県庁?の用地買収補償を主財源とし本殿拝殿等の工を竣えた、(平成11年?)

といったような内容です。
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ちなみに訪問時、県庁周囲の桜はまだ2分咲きでした。

水戸市千波町 2017年4月


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by ta-tanchi | 2017-04-07 00:32 | 寺社 | Comments(0)