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大杉山揚水場から続く暗渠 その2

大杉山揚水場から延びる水路に架かる橋です。
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くたびれた感じが強いですね。

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水の見えなくなった暗渠水路の上に橋が残っているなんて、
不思議な風景ではありませんか。


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橋の名前は内堀橋(うちぼりばし)
ん?
堀?

という名前ってことは、
ここは内堀なわけ?

水戸城の堀跡利用して導水路にしたのか・・・


元の内堀はここまで細くはなかったでしょうけど、
水戸城の記憶を記すものとして存在する内堀橋、
ほとんどの人が知らないでしょうねえ~。

この水路ができた時のもの、1932年(昭和7年)に揚水場が完成ですので
その時に架けられたものでしょうか?
だとしたら相当古いですよねえ???


なんて書いていて、第3回のネタを続きを書いていて、
間違えた考えでした。が、残しておきます。

水路が開渠で水が流れていた時に架けられ、
時代とともに暗渠となり、橋だけが残ったといったところでしょう。

暗渠化にする際に橋を架けた(架け替えた)と考えれば橋にする必要はないですしね。


ということで、内堀を埋めた昭和36年の航空写真

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写真見ると内堀は、ちょうど埋め立てられて平地になっております。
この水路と、水戸一高側の崖と日赤病院の間だったみたいですね。

上記写真では
この時はまだこの内堀橋ができておりませんね。

内堀を埋め立ててできた土地の多くは、
現在官舎が建っているのが特徴的です。

仮に、ブラタモリ水戸編をやったとしたら
お堀跡にある暗渠、千波湖干拓とのつながりなんかもあり
候補としてもいいじゃない?

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上流方向(揚水場側)
ガス抜きの穴がポコポコ等間隔に並んでます。
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桜川側、日赤病院の敷地に面してます。
ここからは、暗渠の上を進んでみます。

続く

水戸市三の丸 2015年2月




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by ta-tanchi | 2016-10-06 17:43 | 川・水路 | Comments(0)