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水浜電車跡 一高下から東柵町 

現在の一高下の国道51号線は、
水戸市内では水浜電車として親しまれていた茨城交通水浜線の路盤跡を利用しております。
今回はその遺構を巡りました。
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そして常磐線を跨ぐと、線路はカーブで曲がり高度を下げ、
常磐線といったん並走してまた直角に曲がり東柵町の停留所に行っていたようです。
上記昭和9年の地図では一高は水戸中学になってます。

国道51号線で常磐線を跨いだところから東柵町方向を見てみると、
高架橋の袂から駐車場を囲むようにググッと道路が ) 状に伸びてますね。
ここが線路の跡で、ちょうど線路も高架から地面に行っていたようです。
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道路の終点となっている五本松踏切から先が常磐線と並走した区間となります。
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線路があった名残ははっきりとわかりません。
水浜電車の用地は民家になってしまっているのか?
常磐線の用地になってしまったのか?
どうなんでしょう?

中央に写っている線路のあたりに水浜電車の線路があったようです。
大洗鹿島線の線路を敷設に伴い,
水戸駅からの入換え用の線路が水浜線の後に敷設されたそうです。

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先に進んでみました。
東柵町駅付近の常磐線並走からの直角カーブ地点。
わかりにくいですが、
フェンスがカーブを描いていました。

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カーブのフェンス
ミラーの支柱とアスファルトの雑草の間が路盤だったくらいの幅です。
マンホールのあるコンクリートと緑色に塗られたコンクリートも種類が違いました。

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カーブを曲がった先に正面に水門橋が見えます。

その手前の幅の広い交差点、ちょうど「止まれ」と書かれたあたりからが
東柵町駅でした。

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左の建物の前が駅です。
交換施設もあったため、交差点が広いですね。
手前の道は旧国道?の交通の妨げにならないようになっていたことがわかりますね。
ちなみに「 RM LIBRARY 63茨城交通水浜線 」内の
29ページの写真と同一カットです。

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昭和36年の国土地理院の空中写真です。



水戸市柵町  2016年9月

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by ta-tanchi | 2016-09-12 08:24 | 道路・鉄道 | Comments(0)