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柳堤/柳堤橋


柵町児童公園の一角に「柳堤」の石碑を見つけました。
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さりげなく石碑はありますが、こういうのもっとアピールしたほうがイイと思います。

旧町名ではないですが、現在柳堤橋として地名が引き継がれております。
橋の上にバス停もありますね。
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柳堤橋は国道51号線の桜川に架かる橋ですが、国が橋を架けたわけではなく、
プレートみると、1970年に水戸市建造なんですね。
橋は市道から国道へ昇格という扱いなのでしょうか?
駅南開発と関係があったのかな?
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ちなみに「水戸の橋ものがたり」と言う本には1966年完成とありますが、
この年に出来たと言う記載は誤りですね。
1967年の空中写真にも橋はありません (ログインしないと見れません)。

さてその柳堤の由来ですが、
それは江戸時代の話、干拓以前の千波湖が大きかったころの話です。

水戸の初代藩主、徳川頼房が
上市と下市の交通の便を考え、慶安4年(1651年)、千波湖中に土を運んで造らせた堤で、
東は水門橋付近、西は東照宮下まで、全長約2キロ半の長さがありました。
この道は新道と呼ばれておりましたが、
通行人は夏の暑さに苦しんだそうですが、元禄になって光圀が、
数百?千?本の柳を植え、日除けの役割を与え、柳堤(りゅうてい)と名づけました。
また、中国西湖の名勝地蘇堤(そてい)を意識したとも言われております。

もしこれが現在も残っていたら、素晴らしかったでしょうね。
柳堤を伝える石碑が最初の写真です。

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ちなみに市立博物館の水戸城模型の湖上の道が新道です。

水戸市柵町・模型だけ大町  2015年8月 10月

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by ta-tanchi | 2016-06-17 07:48 | 旧町名 | Comments(0)