みとぶら

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水戸競馬場の遺構

水戸競馬場は、昭和9年に完成。
水戸市が施行者で税外収入と商店街が潤うことを考えて
当時のお金で総工費4万9104円、民有地の畑を借りて開催したのですが、
結局失敗に終わり、昭和13年に古河競馬場に身売りをしたとのことです。(水戸の町名より)

昭和13年には、6~7 月にかけて、
水戸市北部那珂郡柳河、川田、勝田各村の大部分が冠水し、
水府橋を除く5橋(千歳橋、那珂川大橋、万代橋、関戸橋、海門橋)が流出・沈下崩落。
千波湖も氾濫、下市の被害も甚大でした。
家にも曾祖父が撮影した写真があります。

競馬場廃止の直接の原因は、売上云々よりも
この水害ではないのかと思います。
甚大な被害で
水戸市がここにお金を投入できなかったであろうことは
想像できます。

競馬場は
昭和9年発行の水戸市平面図に書かれております。
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水戸競馬場の遺構は残っていないと言われております。
残っていない理由が、水害であると考えれば納得がいきます。

古い空中写真や、グーグルマップ見ても
ないように見えます。

では現地に行ってみましょう。
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青丸●のところから馬場のほうを見たところです。
手前の木々は枯れた小川です。
地図にも黄色い線で描かれているところです。
電柱の左側と見切れた民家との間の駐車場は
地図でいう馬場左の薄い点々…で囲まれた畑のマークのところですね。

電柱の右側の駐車場が馬場(コース)だったところと思われます。
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赤星のところがこちらです。
どうですか?このゆるいカーブは競馬場の名残のように見えませんか?

まあそんなこんなを歴史ロマンと考え「水戸ぶら」しております。

2015年4月 水戸市根本


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by ta-tanchi | 2015-11-09 08:36 | 現存しないもの | Comments(0)