みとぶら

mitobura.exblog.jp
ブログトップ

水戸市鳥瞰図 その5(左中央)

前回同様、水戸市中央部分、上市の中心部を紹介します。
那珂川の北側は瓜連、静、静神社
大田に西山、瑞龍山
大宮、その先に袋田の滝、男体山があります。
まだこのころは水郡線は全線開通しておりませんね。
そして那珂川に千歳橋。千歳橋に伸びる道は、
桂岸寺横のちょっと前までの旧国道118号の道ですね。
b0330744_00085396.jpg
ここから拡大したものに。
右上の測候所は今の気象台ですね。
その横に税務署があったんですね。
この税務署跡、
現在利用されているかわかりませんが
そのまま財務局、国税局の官舎になっていたのが興味深いです。
ここの地面、一部売りに出て住宅が最近建ちました。

営林署跡はは、わんぱーくになっております。
警察署跡は、水戸文化交流プラザになってます。
まあ文化交流プラザって名前付いてますが、我々は文福(ぶんぷく)
文化福祉センターのほうがなじみがあります。

上市尋常小学校は五軒小になり、女子師範学校跡に移転して水戸芸術館が現在あります。
その女子師範学校はの地に警察学校になりましたね。
八幡宮、祇園寺、茨城中学校が左上に書かれております。
b0330744_23581690.jpg
右側中央、電話交換局は、震災前まで、煉瓦の壁が残ってました。

中央は水浜電車が走ってます。
前回は触れませんでしたが、
この道路沿いには特徴的な建物が書き込まれていますね。
建物名は無いですが、それなりにその形なんでしょうね。
現存する建物として、泉町2丁目電停左の白い建物、
これは現在の三菱UFJ銀行ですね。これに描かれた形ですよ。
鳥瞰図、凄くないですか?

目抜き通りは狭いままです。
戦後、道路の南側をがばっと広げました。

神崎寺、別雷皇大神、
常磐神社、彰考館文庫、鎮霊社
(幕末から明治維新にかけて殉じた水戸藩関係の烈士の御霊を御祭神、現在は護国神社に)
常磐公園は梅林、
梅林の上には昭憲皇太后が行幸したさい出来た御成門があります。
見きれてますが吐玉泉や好文亭、偕楽園碑、仙奕台、暮雪碑が記載されております。

b0330744_23581673.jpg
紀州堀、西の谷

そしてその間にあるのは
笠原水道を作るための神崎岩の採掘跡まで記されております!!
こんなものまでが・・・

おおおおおお!!って感じです。

千波沼は千波湖ですが、堤には、桜、そして柳が現在もおおよそ同じ場所に植わってますね。
これより南は水戸ではなかったので特に書かれてませんね。


[PR]
by ta-tanchi | 2015-07-14 07:08 | その他 | Comments(2)
Commented by at 2015-07-20 07:29 x
おおお~同感です。
ドローンなんか無いのに、空撮地図ですから
単なる衛星画像と違い、地域のポイントを
おさえているのですね、素晴らしい♪

ダイエーの裏手に残っていたのですね?
記憶の中には、残っておりませんでした。
遺されるべき遺構とは、地域の中でさりげなく
存在するものであって、未来への負担にしては
ならないかなぁ、、。

水戸城でしたっけ(笑)

Commented by ta-tanchi at 2015-07-20 22:11
陸軍大演習の際に細かいところまで調べて描かれたようです。
水戸に限らず、当時の鳥瞰図の凄いところはわかりやすくかつ正確に大胆に描かれているのがイイですね。
今、こういうものってはやらないわけじゃないと思うのですが・・・。

観梅のお土産として復刻版売ればいいのに・・・。

ダイエーの裏の駐車場は震災前までは案内板も出ていたんです。ダイエーに面した側も震災で壊れた法面から煉瓦出てきてました。
こういう遺構が無くなっていくのはいささか寂しいです。

水戸城の復刻?出来の悪いイミテーションでは観光資源になりません。今さら・・・感があります。
って、その予算何処から出るねん!!。東町の体育館も県から押し付けられてんのにさ~。