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水戸市鳥瞰図 その3(左側)

暫くこの鳥瞰図でブログを更新します。

前回は鳥瞰図部分を4分割して
載せました。

今日はそれを細かく見ていきましょう。
まずは左側からです。
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下市と、水戸市ではない大洗と那珂湊が記載されております。
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遠くはサンフランシスコ、ハワイまで描かれておりますが、
これは吉田初三郎特有の鳥瞰図のデフォルメですね。

勝田から、湊鉄道(現在のひたちなか海浜鉄道)が阿字ヶ浦まで伸びております。
磯崎にあるのは酒列磯前神社(さかつらいいそざきじんじゃ)、

平磯の上に書いてあるのは「護摩壇」、ここには
水戸の斉昭公が水戸藩内随一の波浪の見所として、観濤所と命名したところでもあります(この記事書いているときに知りました)。
観涛所は水戸八景の番外の九番目の景勝地とされました。
現在とは違い、さぞかし綺麗だったのでしょう。

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大洗までは水浜電車が大洗の先、海門橋まで伸びてます。
開門橋の上には、水戸八景の岩船夕照、
大洗磯前神社の左上は出来て間もない常陽明治記念館(昭和4年)、

涸沼川の平戸にあるグランド?馬場?は何の施設でしょう?
(追記 水濱電車:小野寺靖 著 のなかに
1923(大正12)年に開場した水浜グランドで
会場式にあわせ関東競馬大会が開催され、その後も
草競馬がおこなわれたが、
満州事変以降は衰微したとのこと。
また、麺世紀は不明、水田を埋立てて平地にしたが、
土地を返還したときに水田は元通りにしたとのこと)

そこから延びる河川名は石川川?

そして下市
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右下に銭谷稲荷。当時から鳥居いっぱいあったのでしょうか?
中央下にあるのは、知る人ぞ知る?昭和4年に部分開業した水戸電気鉄道の
下水戸駅。
今はない下市尋常小学校、
水戸地方専売局は印刷会社に代わりましたね。

中央上に、那珂川に架かる壽橋は陸前浜街道の幹線道路です。
昭和7年完成の水府橋が出来るまでは、
こちらがメインルートとなっておりました。

左上の那珂川縁に、現存しない那珂川駅。
これは明治の水戸鐡道時代に造られた駅です。
この時代、那珂川の水運を利用され、繁栄していたのでしょうか?

その下は、今もあります日赤病院です。

書いていて、発見もあり楽しいです。

次は街中になります。

続く。

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by ta-tanchi | 2015-07-08 08:18 | その他 | Comments(1)
Commented by ta-tanchi at 2015-09-09 21:59
上から3枚目の写真に追記です。
水濱電車:小野寺靖 著 のなかに
1923(大正12)年に開場した水浜グランドで
会場式にあわせ関東競馬大会が開催され、その後も
草競馬がおこなわれたが、
満州事変以降は衰微したとのこと。
また、麺世紀は不明、水田を埋立てて平地にしたが、
土地を返還したときに水田は元通りにしたとのこと

いうことがかかれておりました。