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梅林坂?

偕楽園好文亭表門からその横の偕楽園と民間地の境界の坂を、
「水戸の坂道」では梅林坂としています。
梅林は、「ばいりん」ではなく、「うめばやし」と読みます。
現在は「好文亭表門通り」の一部となってます。

ただ疑問に思う点があります。

「水戸の坂道」には偕楽園創設時以来、
岩間街道の常磐線踏切跡から偕楽園の表門を通り吐玉泉の上に至る道路は、
明治の終わりころまでは人家もなく、
この道路の両脇は梅並木だったことから梅林と呼ばれていた。っと書かれております。

「水戸の町名」では、
「上市回顧録」によると俗に梅林と呼ばれていたのは、
元山町の西の出口から偕楽園の表門を通り、吐玉泉の上に至る道路
と記載されています。

ただこの「上市回顧録」って本は存在したのですかね?
本の参考文献資料にも記載されていませんし。検索しても出ません。

今の元山町の西の出口ではなく、かつての西の出口を意味していると思われ、
ちょっと開きがありますね。
表門の中が梅林?って今も梅林ですが・・・。
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大正12年発行水戸市全図
梅林坂とされているところに榎本と書かれていますし・・・。
前回の榎本坂?のネタでそのあたりは触れてます。

偕楽園好文亭表門
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この道は、
徳川斉昭は、好文亭と桜山にあった一遊亭を結ぶ道として古くからあったそうです。
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もしここに梅並木があったかと言われると疑問です。
もちろん今、梅林は無く、
偕楽園の鬱蒼とした杉林の日陰となった寂しい坂道です。
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岩間街道の旧道に出ます。
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車を使わない時代、この梅林坂?上って直線に伸びる好文亭表門通りを通ったほうが
現在の岩間街道を使うより水戸市街に真直ぐ行けるのです。
こっちが街道だったのでしょうか?
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私、間違えたこと書いていましたら教えてくださいね。
水戸市元山町 2014年8月

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by ta-tanchi | 2015-04-16 17:54 | 道路・鉄道 | Comments(0)